戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
「今日の依頼数は?」
シルファは鉄の扉のすぐそばに吊るされたボードに目を通す。
「五件かな。いつも通りだよ」
サイラスはガサガサとカバンを漁り、手作りと思しきサンドイッチを取り出しながら答えてくれる。
メンテナンス部に日々持ち込まれる依頼はせいぜい両手で収まる件数だ。
五件であれば問題なく定時内に作業は終わるだろう。
そう思いながら、シルファも自分のデスクに着席し、カバンから手作りの弁当を取り出した。
魔導具が広く浸透している昨今、その持ち主は貴族にとどまらず平民にも広がっている。
貴族は魔導具の調子が悪くなれば、すぐに最新のものを買い直す。
だが、生活にゆとりのない平民は故障して使い物にならなくなるまで一つの魔導具を繰り返し使用する。つまり、メンテナンス部に持ち込まれる依頼のほとんどは平民からのものである。
魔塔に勤める魔導師はそのほとんどが貴族出身だ。貴族は生まれ持った魔力量が多く、魔力の使い方を幼い頃より徹底的に叩き込まれる。魔塔への就職を志す貴族も少なくはない。
魔塔はティアード王国でも最高峰の研究施設とあって、魔塔で働く者は自らの仕事に誇りを持っているし、経歴に箔がつくともいわれている。
だが、メンテナンス部においてはその限りではない。
主な依頼者は平民で、需要も少なく、既存の魔導具を手直しするだけの簡単な仕事。
魔塔内でのメンテナンス部の評価といえば、そういったネガティブなものがほとんどだ。
魔塔で最も軽んじられている部署であり、他部署の魔導師から雑用を押し付けられることも日常茶飯事となっている。
自分の仕事があるとやんわり断ろうものなら、丸一日費やすほどの依頼があるのかと鼻で笑われる。あるいは、その程度の仕事に一日かかるのかと嘲りの視線を向けられる。
シルファとサイラスは、毎朝魔塔に出勤するタイミングで顔を合わせた他部署の魔導師に捕まり、今日のように大抵午前中は雑務に駆け回って終わってしまう。
「メンテナンス部の扱いについて改善要望の文書でも提出してみる?」
少しの本音を交え、冗談半分でそう言うと、サイラスは困ったように眉尻を下げた。
「ええっ? 魔塔のトップにでも直談判するつもりかい?」
「それが一番効果的かと思うけれど」
「無駄だよ。魔塔のトップ――オルディル卿は血も通わない冷徹な魔導師として有名じゃないか。きっと目も通して貰えずに燃やされて終わりだよ」
サイラスは何を想像したのか、青い顔でブルリと身を震わせた。
彼の言う通り、魔塔の最高責任者であるルーカス・オルディルは最上階の研究室に篭って日夜研究に励んでいる。他の階に顔を出すことは一切せず、シルファのような下っ端職員が顔を合わす機会なんて皆無である。
そんなルーカスには様々な噂が流れている。
どうにか王国一の魔導師の妻にならんとする令嬢たちが、果敢に彼の元に突撃するのだが、皆ことごとく玉砕し、顔面蒼白で目に涙を浮かべながら魔塔を去っていく。どれほど辛辣な言葉をかけられたのかと彼女たちに同情する声は後を絶たない。
ルーカスは最上階から一歩も外に出ないため、一部では彼は吸血鬼か何かなのでは? と臆測する者さえいるぐらいだ。
いつしかルーカスは血も涙もない冷徹魔導師と呼ばれるようになっていた。
「……まあ、普通に考えたら無理な話よね」
はあ、と息を吐きながら、シルファはウインナーにフォークを突き刺した。
シルファは鉄の扉のすぐそばに吊るされたボードに目を通す。
「五件かな。いつも通りだよ」
サイラスはガサガサとカバンを漁り、手作りと思しきサンドイッチを取り出しながら答えてくれる。
メンテナンス部に日々持ち込まれる依頼はせいぜい両手で収まる件数だ。
五件であれば問題なく定時内に作業は終わるだろう。
そう思いながら、シルファも自分のデスクに着席し、カバンから手作りの弁当を取り出した。
魔導具が広く浸透している昨今、その持ち主は貴族にとどまらず平民にも広がっている。
貴族は魔導具の調子が悪くなれば、すぐに最新のものを買い直す。
だが、生活にゆとりのない平民は故障して使い物にならなくなるまで一つの魔導具を繰り返し使用する。つまり、メンテナンス部に持ち込まれる依頼のほとんどは平民からのものである。
魔塔に勤める魔導師はそのほとんどが貴族出身だ。貴族は生まれ持った魔力量が多く、魔力の使い方を幼い頃より徹底的に叩き込まれる。魔塔への就職を志す貴族も少なくはない。
魔塔はティアード王国でも最高峰の研究施設とあって、魔塔で働く者は自らの仕事に誇りを持っているし、経歴に箔がつくともいわれている。
だが、メンテナンス部においてはその限りではない。
主な依頼者は平民で、需要も少なく、既存の魔導具を手直しするだけの簡単な仕事。
魔塔内でのメンテナンス部の評価といえば、そういったネガティブなものがほとんどだ。
魔塔で最も軽んじられている部署であり、他部署の魔導師から雑用を押し付けられることも日常茶飯事となっている。
自分の仕事があるとやんわり断ろうものなら、丸一日費やすほどの依頼があるのかと鼻で笑われる。あるいは、その程度の仕事に一日かかるのかと嘲りの視線を向けられる。
シルファとサイラスは、毎朝魔塔に出勤するタイミングで顔を合わせた他部署の魔導師に捕まり、今日のように大抵午前中は雑務に駆け回って終わってしまう。
「メンテナンス部の扱いについて改善要望の文書でも提出してみる?」
少しの本音を交え、冗談半分でそう言うと、サイラスは困ったように眉尻を下げた。
「ええっ? 魔塔のトップにでも直談判するつもりかい?」
「それが一番効果的かと思うけれど」
「無駄だよ。魔塔のトップ――オルディル卿は血も通わない冷徹な魔導師として有名じゃないか。きっと目も通して貰えずに燃やされて終わりだよ」
サイラスは何を想像したのか、青い顔でブルリと身を震わせた。
彼の言う通り、魔塔の最高責任者であるルーカス・オルディルは最上階の研究室に篭って日夜研究に励んでいる。他の階に顔を出すことは一切せず、シルファのような下っ端職員が顔を合わす機会なんて皆無である。
そんなルーカスには様々な噂が流れている。
どうにか王国一の魔導師の妻にならんとする令嬢たちが、果敢に彼の元に突撃するのだが、皆ことごとく玉砕し、顔面蒼白で目に涙を浮かべながら魔塔を去っていく。どれほど辛辣な言葉をかけられたのかと彼女たちに同情する声は後を絶たない。
ルーカスは最上階から一歩も外に出ないため、一部では彼は吸血鬼か何かなのでは? と臆測する者さえいるぐらいだ。
いつしかルーカスは血も涙もない冷徹魔導師と呼ばれるようになっていた。
「……まあ、普通に考えたら無理な話よね」
はあ、と息を吐きながら、シルファはウインナーにフォークを突き刺した。