戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
「嘘でしょ……」


 そして午前いっぱい仕事に集中したシルファは、九件の依頼全ての作業を終えていた。

 いつもならば午前中は他の部署の雑用に追われ、なんとか逃げ帰ってから業務に入るため、どうしても作業が終わるのは夕方か定時近くとなっていた。

 それがどうだ。自分の仕事だけに集中できるとこうも捗るのかと感動に打ち震える。


「シルファ様、感傷に浸っているところ恐れ入りますが、昼食のお時間です」


 いつの間にかエリオットは隣室のキッチンで昼食の準備を整えていたらしい。キッチンを覗くと、テーブルの上には色とりどりの料理が並べられ、温かな湯気を立ち上らせていた。


(いつの間にこんな量を……)


 エリオットの有能ぶりに脱帽する。

 シルファも子爵家にいた頃は厨房の仕事をすることがあった。優秀なコックや侍女達に手解きを受け、それなりに料理の腕にも自信がある。他部署の雑務を押し付けられない分、仕事に費やせる時間はたくさんある。今後は午前の作業を早めに切り上げてエリオットの手伝いをするのもいいかもしれない。


「あの、私も料理の心得はありますので、もしよろしければ次回からお手伝いさせていただけないでしょうか」


 もしかすると余計なお世話かもしれないので、控えめに進言する。自らの領分を侵されることを嫌う人も少なからずいるからだ。

 エリオットの反応を窺っていると、彼は物珍しいものでも見るように目をパチパチと瞬いた。


「えっと……?」


 やはり、手伝いは不要だっただろうか。

 シルファは真意を探るようにエリオットを見つめる。


「……すみません、まさかそのようなお申し出をいただけるとは。ありがとうございます。きっとルーカス様も喜ぶでしょうし、ぜひお願いします」

「! はい!」


 エリオットは金縁の眼鏡をクイッと押し上げてから、わずかに口の端を上げて快諾してくれた。


(表情筋、生きていたのね)


 なんて失礼なことを考えながら、シルファも笑顔を咲かせた。




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