戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
「はは……ご冗談を。私は今の生活が気に入っておりますし、特段困ったことはありませんので」


 はっきりと否定の言葉を述べられないのは、相手が伯爵位の貴族であるから。
 もはや貴族ではないシルファが楯突いていい相手ではないのだ。


「そうかい? 無理をしてはいけないよ。困ったことがあったら真っ先に僕に相談するように」


 デイモンはシルファを心配する素振りを見せながら、華奢な肩を労るようにやんわりと揉んだ。途端にシルファの背筋が泡立つが、引き攣りそうな笑顔を保ちながら耐える。

 ここで反射的に拳を振るおうものなら、今度こそシルファは居場所を失ってしまう。


「じゃあ、僕は品質管理室に戻るから、急ぎの用件があったらすぐに来るように」

「はい」

「承知しました」


 デイモンは人の良い笑顔を作りながら、シルファたちに手を振ってメンテナンス部から出ていった。

 鉄の扉がバタンと完全に閉じられたことを確認してから、シルファは一気に脱力した。


「大丈夫?」


 眼鏡の奥の優しげな薄茶色の瞳が心配そうにこちらを見ている。


「ええ……はああ、困ったことって言われても、あんたのことだよとは言えないものね」


 デイモンは特殊な背景を持つシルファを配属当初から特段気にかけてくれていた。
 当初はありがたいことだと親切心を享受していたのだが、どこからか違和感を抱き始めた。

 デイモンはどうやら、シルファを愛人として囲いたいらしい。

 シルファの身分を保証するという大義名分を掲げてはいるが、善意の皮を被った好色親父の言いなりになるつもりは毛頭ない。
 だが、相手は上司であり貴族。はっきりと拒絶をして、魔塔最下部のメンテナンス部からも追い出されてしまっては、それこそ雑用係としてしか生きていく術がなくなってしまう。いや、魔塔に残ることすら難しくなるかもしれない。

 デイモンがしきりに庇護しようとしてくるのには、シルファの身の上が大きく関係している。だが、そればかりはシルファにはどうにもできない。


(どうしろっていうのよ……)


 いつまでのらりくらりと躱せるだろうかと、シルファは気分を沈ませながら作業を再開した。





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