戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 買おうと決めていた二冊を無事に購入し、魔塔への帰路を急ぐ。近道をしようと、細い路地を選んでひたすら魔塔を目指す。
 自然と早足になってしまっていることに、シルファは気づいていない。


「おや、誰かと思ったら……シルファくんじゃないか」


 不意にかけられた声に、花が咲き誇る野原を駈けるように浮き足立っていた気持ちがスウッと冷えていく。青々とした空を暗い雲が覆い隠し、急速に草花が萎れていく。

 足が鉛のように重くなり、地面に縫い付けられたように動けなくなる。

 大通りから漏れ聞こえてくる賑やかな喧騒が遠のいていき、温かく優しい鼓動を刻んでいた心臓が嫌な音を立てて軋んだ。


「……スペンサー部長。ご無沙汰しております」


 ゆっくりと振り返ると、そこにはいつもの人の良い笑顔を貼り付けたデイモンが片手を上げて立っていた。


 ――どうして、ここに。


 いや、もう魔塔は目と鼻の先だ。用事で外に出ることもあるだろうし、もしかするとデイモンも今日は休暇なのかもしれない。

 だが、あと少しで大通りに出るというところで、なぜ最も会いたくない人物と遭遇してしまうのか。路地に人通りはなく、最悪のシチュエーションに思える。

 本とお菓子が入った買い物袋を胸に抱きしめ、シルファはデイモンに向き合った。





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