戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
「ああ、本当に久しぶりだね。それにしても、君はひどい子だ。あんなに気にかけてやったのに、挨拶の一つもなしに居なくなってしまうなんて。それにオルディル卿と結婚しただなんて、おかしな話じゃないか……君は僕のものだというのにね」


 この男は一体何を言っているのか。

 薄らと笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていない。

 シルファは誰のものでもない。どこまでシルファの尊厳を踏みにじれば気が済むのだろう。

 腹の奥底で怒りが煮えたぎり、シルファはキッとデイモンを睨みつけた。

 真っ直ぐにシルファを見つめるデイモンの目は、どこか怜悧な印象を受ける。シルファを見ているようで、見ていないような不気味な眼差しだ。
 デイモンはシルファを通して何を見ているのだろう。


「君は置いて行かれた僕の気持ちを考えたことはあるかい? ああ、そうだ。きっと何か弱みでも握られているのだろう? なるほど、そういうことだったのか。魔塔の主は冷徹無慈悲で有名だ。僕でさえほとんど会ったことがないお人だからね。君は脅されているのだな。そうでなければ接点も何もない君と結婚だなんてあり得ない話じゃないか。ええ? 本当は困っているのだろう。分かってやれなくてすまない。僕が助けてあげよう。さあ、このまま僕と一緒に逃げよう」


 デイモンはどこか虚な目でそう言うと、シルファの手首を掴んだ。


「いやっ!」


 拒絶しようにも、思った以上に強い力で掴まれていて振り解くことができない。

 どうしてデイモンはここまでシルファに執着するのだろう。その表情は切迫したようでもあり、普通ではないことだけは分かった。

 逃げなければ。シルファの防衛本能が叫んでいる。





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