戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 ようやくシルファが微笑むと、ルーカスも笑みを浮かべて転移魔法を展開した。上位の魔導師でないと習得が難しい上級魔法を難なく使いこなすあたりがさすがといったところだろう。

 そっと目を閉じると、あの日手紙で呼び出された時と同じ感覚に襲われる。
 ぐわん、と世界が回り、シルファは街の路地裏から、慣れ親しんだ魔塔の最上階に戻ってきていた。


「ルーカス様!」

「げ、エリオット」


 執務室に到着するや否や、鬼の形相をしたエリオットがルーカスの首根っこを掴んだ。


「おい、やめろ! 降ろせ!」

「いいえ、降ろしません。その姿で外に出て、誰かに気づかれたらどうするつもりだったのですか! 愚かすぎて言葉も出ません!」

「出まくっているぞ!」

「せめて変身魔法で姿を変えるとか、色々あるでしょうが!」

「退行魔法の弊害で自分自身に魔法はかけられないと前にも説明しただろう!」


 ギャイギャイと言い合いをしている二人を前に、シルファはようやく肩の力が抜けてその場にヘナヘナと座り込んでしまった。


「シルファ! ええい、離せ!」

「あっ、くそ」


 ギョッと目を剥いたルーカスが、エリオットの拘束から逃れて慌ててシルファの元へと駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫か?」

「は、はい。緊張の糸が解けて」


 ルーカスはふらつくシルファをそっと立たせると、優しくソファまでエスコートした。

 エリオットはまだ説教を言い足りない様子だったが、シルファの前ですべきではないと判断したのか、「温かい飲み物を用意して参ります」と言ってキッチンへと消えていった。

 パタン、とキッチンに向かう扉が閉まったと同時に、シルファは温かい何かに包み込まれた。





< 70 / 154 >

この作品をシェア

pagetop