戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 そこには、どこから嗅ぎつけたのか、シルファが魔塔の最高責任者と婚姻を結んだことへの形ばかりの祝いの言葉、せっかく結婚したのなら知らせてくれればいいのにという遠回しな嫌味、そして、自分のおかげで裕福な暮らしができているのだから金を融通しろという理不尽な要望が几帳面な字でつらつらと綴られていた。

 手紙の送り主は、継母のフレデリカであった。

 どの面下げてこんなものを送ってきたのかと頭が痛くなる。怒りを通り越して呆れて声も出ない。

 シルファとカーソン子爵家にはもはや何の繋がりもない。
 戸籍ごとシルファを魔塔に売り飛ばしたのは、他の誰でもないフレデリカ自身なのだから。

 それを今更母親面をして金を寄越せ? あまりの横暴に虫唾が走る。
 フレデリカからすると、シルファは金のなる木か何かに見えているのだろう。

 シルファにとってフレデリカはもう赤の他人だ。手紙に返事を書く義理もなければ、お金を融通する義理もない。

 シルファはくしゃりと手紙を握りしめた。


「シルファ? 何かあったのか?」


 その時、書庫からルーカスが戻ってきたため、慌ててデスクの引き出しに手紙と封筒を突っ込んで、丁寧に仕分けた書類一式をルーカスのデスクへと運んだ。


「すみません。ぼーっとしていました」


 そう答えるも、ルーカスの表情は晴れない。心配そうに眉尻を下げてシルファの頬に手を伸ばした。


「顔色が悪い。どうかしたのか?」

「いえ……少し考え事を」

「……そうか。何か困ったことがあれば、遠慮なく俺に言うのだぞ。俺はシルファの夫なのだから」


 ルーカスは冗談混じりにニヤリと口角を上げた。シルファが言葉を濁していることに気づいているだろうに、深く追求せずにいてくれる。隠しごとをしていることにチクリと胸が痛むが、そんな彼の優しさが身に染みる。

 ルーカスといると、瑣末なことがどうでもよくなってくる。


(そうよ、私はシルファ・ヴァレリオ。誇り高き魔塔の主、ルーカス・ヴァレリオの妻)


 そう心の中で唱えると、まるで魔法の呪文のように心が温もりを取り戻していく。

 それからは、手紙の存在を忘れるように、ルーカスの仕事のサポートに専念した。





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