戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 その日の夜、シルファの寝つきは悪かった。
 目を閉じれば、子爵家での不遇な日々がまざまざと蘇ってしまい、どうにも眠れない。

 家宅捜索をするように古い家財や魔導具を売り払われ、与えられた狭い使用人部屋は隙間風が酷く、冬の寒い日は身体を丸めて震えながら眠った。少しでも埃が残っていようものなら執拗に掃除をさせられた。大切な思い出の品が次々にゴテゴテとした装飾品に塗り替えられていく。暴力を振るわれることはなかったが、無能で役立たずな穀潰しと顔を合わせるたびに暴言を吐かれた。使用人のみんなはシルファに同情してくれたが、フレデリカが屋敷の主人となった以上、強く意見ができるはずもなく――

 シルファはギュッと閉じていた目を開き、観念して身体を起こすと、魔導ランプに手を伸ばした。
 久しぶりにランプの光を灯して、オルゴールの音色を流す。

 穏やかな音色に耳を傾け、暖かな橙色の光を眺めていると、静かに寝室の扉が開かれて光の筋が差し込んだ。


「……眠れないのか」

「すみません、うるさかったですよね」

「いや、大丈夫だ」


 心配そうに寝室に入ってきたルーカスは、シルファの隣に腰を下ろした。ギシ、と僅かにベッドが軋む。

 ランプの光がルーカスの輪郭を浮かび上がらせ、濡羽色の髪が煌めいた。幼いながらも整った顔立ちをしているため、その横顔は絵画のように美しい。


「やはり、昼間に何かあったのだろう」


 ルーカスの横顔に見惚れていると、心配そうに顔を覗き込まれた。

 子供をあやすような手つきで頭を撫でられて、心地よくて目を細めてしまう。

 ルーカスに隠しごとはできない。

 そう観念したシルファは、ゆっくりと立ち上がって執務室へと向かい、自分のデスクの引き出しからくしゃくしゃになった手紙を取り出し、寝室に戻った。




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