戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 もうすぐ雪解けの季節になるとはいえ、地下は冷える。

 さて、早く帰ろうと、カバンを肩にかけて立ち上がったタイミングで、重い鉄の扉がギィッと音を立ててゆっくりと開いた。


「サイラス? 何か忘れ物でも……」

「やあ、シルファくん。もう帰るところかな? 今日もお疲れ様」

「スペンサー部長……お疲れ様です」


 するりと重い扉の隙間から室内に入ってきたのは、上司のデイモンだった。

 シルファは無意識のうちにショルダーストラップを両手でギュッと握りしめた。

 デイモンはにこやかな笑顔を携えたまま、後ろ手で鉄の扉を閉めた。

 バタンと重たい音がして、扉に押し出された空気がシルファの足を撫で付ける。


(ここで二人きりというのはまずいわね……)


 最悪なことに、出口はサイモンの後ろの鉄の扉のみ。万一災害が起こった際に脱出するための非常口ぐらいは作るべきだろう。管理部門に進言しなくては、とどこか冷静な自分が考える。


「職員寮に帰るのかい? よかったらこのあと食事でもどうだい?」

「いえ、昨日の残りが部屋にありますので」

「狭い部屋で一人寂しく食べるよりも、僕と共に来た方がきっと心もお腹も満たされる。ほら、遠慮しないで。君と僕の仲じゃないか。控えめなのは君の美点でもあるが、たまには甘えてほしいなあ」


 一体どんな仲だというのか。
 デイモンとシルファはただの上司と部下であり、それは今も昔も、この先もずっと変わることのない関係だ。

 シルファに確かに後ろ盾となる存在を失った。だが、だからといって貴族の男性に囲われて尊厳までも失いたくはない。

 デイモンは優しく手を差し伸べながら、ジリジリとシルファの方へと歩みを進めてくる。

 シルファは少しずつ後退りをしているが、すぐにガタン、とデスクに腰がぶつかった。



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