戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
「君に焦らされるのももう飽きてしまったよ。さあ、僕と一緒にうちに帰ろう」

「わ、私の家は職員寮です」


 頑なに拒絶の意思を示すシルファに、とうとうデイモンに苛立ちの色が浮かぶ。


「だからもう焦らしプレイは終わりだと言ったろう? ほら、来なさい」

「いやっ!」


 デイモンはスウッと目を細め、口元から人の良い笑みを消した。

 追い詰められたシルファは、我が身を守るようにギュッとカバンを胸に抱きしめた。

 どうにか隙を突いて扉に向かわなくては。
 体当たりをする? あるいは、何か物を投げて――

 冷たい汗が背中を伝い、デイモンの手がシルファの手首を掴みかけたまさにその時。


「うっ」

「きゃっ」


 目の前でパアッと眩い光が弾けた。

 シルファとデイモンの間に割り入るように光を放ったそれは、やがて光を収束させて宙にふわふわと漂った。

 あまりの眩さに咄嗟に閉じていた目を恐る恐る開き、それを視認する。


「手紙?」


 宙を漂う手紙は夜空のような濃紺の封筒に、金の装飾が高級感を滲ませている。


「な……その蝋印は……!」


 両手で目を覆っていたデイモンもようやく手紙を認めたようで、凝らすように細められた目が、一転して大きく見開かれた。


(蝋印……? スペンサー部長の様子からして、どこかの上位貴族のものかしら)


 手紙をまじまじと観察すると、星をモチーフにした蝋印で閉じられていた。どこかで見たような気もするが、誰のものだろうか。

 得体の知れない手紙をどうするべきか逡巡していると、手紙がくるくると回転して、宛名を示すようにシルファの目の前で漂った。


「私宛……?」


 手紙の送り主が誰なのか悟ったらしいデイモンは顔を青くしながら固唾を飲んで様子を見守っている。

 とにかく、これがどういったものかは分からないが、シルファの窮地を救ってくれたことには違いない。

 手紙に『掴め』と言われているような気さえする。

 シルファは覚悟を決めてその手紙に手を伸ばした。

 そして、手紙の端を掴んだ瞬間、視界がぐるんと回転し、気がつけば見知らぬ部屋にいた。




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