ワケありお嬢さま Side凌雅
手のかかる人
執事から友だちとなり、1週間が経った。
執事としての研修生活も2年続けていると身についているところがあるなあと感じるほどに、
久しぶりの自分だけの朝に戸惑いも感じながらも、有意義に過ごすことができた。
ルールで決まった掃除や庭の手入れの仕事もそこまで量が多いわけでもなくのんびりと過ごしている。
ひとつ、気がかりと言えば双葉様。いや、双葉さん。
1日目はキッチンやランドリースペース、お庭などで見かけたがそれ以降はほとんど家の中で見かけることはなかった。
食事なども果たしてしっかりとしているのだろうか?
執事という役職を離れたものの、お給金はいただいている訳だ。気にならない訳はない。
そんなある日の朝、朝食を作ろうとキッチンで料理を始めていると入口に人影を感じた。
この家にいるのは双葉さんだけなので、特に警戒も用心もしていなかったがこっそりと覗いている様子が不思議だったため、声をかけてみた。
「おはようございます。双葉さん。」
「!!…おはようございます。」
挨拶をしただけだったが、驚いて足早にどこかへ向かってしまった。
なんと声をかけるべきだったのか?
なんて考えながら準備していた食事に手をつけ始めていると
ランドリースペースの方から何か音が聞こえてきた。
しっかりと生活出来てるじゃんと思いながらも聞こえてきたのは
「わっ!!!」
悲鳴では無いが双葉さんの大きな声に思わず体がランドリースペースへ向かっていた。
「止まった….」
到着した頃には、安堵の表情を浮かべながら泡まみれになっていた双葉さん。
「これは何が起きたんですか?」
「洗濯機の使い方を間違えてしまったようで…あ、でも普段は大丈夫です!たまたまです…」
いくら使い方を間違えてもこうはならないだろうとツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ
「片付け手伝いますか?」
「…ごめんなさい。…一緒に手伝ってもらってもいいですか?」
「はい。」
とにかく片付けを手伝うことにした。
2人で泡まみれになった床を拭き、洗濯機も元に戻し、落ち着いた状況で再度スタートさせた。
「気をつけてくださいね」
他になにか別の言葉をかけるべきかとも悩んだが、一言で終えた。
この1週間、こんなことは起きていなかった。なぜ今頃?
もしかして双葉さんは何かを隠している?
そんなことを聞いてあげたい気持ちもあるが、自分のプライドは許さない。
双葉さんが何かを伝えてくるまでは何も言わないと決めた。
同じ日の夕食時。
ナスとお肉の炒め物とスープ、白米を準備しお皿へ盛り付けていた。
そして、今朝と同じく入口には双葉さんの気配を感じた。
果たして何を考え、入口に隠れているのだろうか。
「あの…」
「なにか。」
「お願いがありまして。」
「執事に戻れと?」
「いえ、それは一度お願いしたことなので。」
「では?」
「あの…私に家事を教えてくれませんか?」
「…」
は?
これが俺の心の中で一言目に発した言葉だった。
「今朝、ご迷惑をおかけしてしまった通り、家事が苦手で、洗濯や料理もまともにできないのです。なので、できるようになるまで教えてもらえないかと。」
「今まで食事はどうされていたのですか?」
「そのまま食べられるものや、失敗したものを食べていました。」
「…」
1週間、何も家事ができない状況で過ごしていたとの話を聞き、呆然としてしまった。
大袈裟かもしれないが、よく生きていられたな。
1週間、顔を合わせなかったのはバレたくなかったからなのかとも推測した。
それなら納得がいく。
そして答えは1つ。
「しょうがないですね、わかりました。教えます。」
「…ありがとうございます!」
「ではこれを。」
執事としての仕事であれば当然教えなければならない。
執事としてなんて言うと双葉さんは怒るかもしれないが。
そして、双葉さんの目の前に先程盛り付けていた食事を渡した。
「1人分も2人分も変わりませんからね。体を壊される方が困ります。」
「ありがとうございます…いただきます!」
美味しそうに食べる双葉さんをみていると小さく微笑んでいた。
初めて見る表情に胸の高鳴りを小さく感じていた。
それからは双葉さんへ料理を教えるため、大体の時間にキッチンへ行き待ち、一緒に料理を作ったり
3日に1度、洗濯機の回し方も教えた。
少しツンとしている普段の様子とは異なり、とても一生懸命に、真面目に取り組んでいるようだった。