ワケありお嬢さま Side凌雅

思い出







双葉さんの二学期初日。

学校までの道のりは、約束した通り執事として送り届けた。

「終わる時間にはお迎えにあがります」

そう言い残して、学校からはすぐに去ったが、双葉さんの表情にはかなり緊張していた様子がうかがえた。

この数ヶ月一緒に居て分かったことの1つに場所見知りや人見知りがあった。
手続きなどで一緒に回ってもほとんど自分から話し出すことがなかった。
そんな彼女が果たして学校で上手くやっていけるのだろうか。
中の様子まではさすがに分からないが、双葉さんを信じつつ、迎えの時間まで仕事をした。
 

時間になり、双葉さんの学校まで迎えに行ったが相変わらず車内では無言。
話さないといけないという決まりや、双葉さん自身がそれを望んでいないので楽ではあるが、表情は明らかに悩んでいる様子だった。

家に帰りついたのは17時過ぎ。スーツから普段着に着替え、風呂の準備を済ましキッチンへ向かうと普段は少しすればやって来るはずの双葉さんは来なかった。
キッチンで本でも読んでいればいい。そうおもむろに本を開いて読書を始めた。
1時間経ち、さすがに呼びに行くか作り始めるかと迷ったが俺は待つということを選択した。
学校初日。きっと疲れもあるだろうと感じていたのだ。


そんなこんなで双葉さんが現れたのは20時過ぎ。普段であればとっくに食べ終えている時間だった。

「ごめんなさい、遅くなりました」
「今日から学校だったししょうがないでしょ」
「今日は何作りますか?」
「とんかつ」

ぶっきらぼうに話し、その後は手際よく調理を進めていった。



「あ……」

突然発せられた声に振り向くと、双葉さんの指から血が滲んでいた。
様子から察するに指を切ってしまったのだろう。
焦るかと思えば、そのまま突っ立っている双葉さんだったので急いでティッシュを手に取り、止血を行った。



「しばらくは学校も忙しいだろうし、俺が作るよ」
「大丈夫です、できます!」
「いや、指切ってるし」
「これは…たまたまなので!」
「はあ…じゃあ執事として。私がしばらくはお食事を作ります。」

双葉さんは1度言い出すと頑固な部分もある。普通に話していても聞き入れてくれないと思い、入れるのもめんどくさい執事のスイッチを入れ、話を進めた。

「わかりました。すみません…ありがとうございます…」

やはり執事のスイッチを入れると、双葉さんは引き下がってくれる。

双葉さんが部屋に戻っていくのを確認し、食事を作るのを再開した。

ぼーっとしている双葉さんは今まで見たことある中では珍しかった。
学校で何かあったのだろうか?

少し気になってもいたが、無駄に関わるのも違うと感じ、ただひたすらに食事を作ることに専念した。



食事ができ上がり、双葉さんを呼びに部屋へ向かうといつもと変わらない表情へ戻っていた。
疲れや体調不良だったのかもしれないと感じながらも、洗い物を終え、部屋に戻ろうとすると庭へ人影を感じた。


以前にも同じ光景をみた。
双葉さんだった。

何かを話している様子だったが、今の場所からは何も聞こえずそのまま様子を伺った。


しばらくヒマワリの前で話をしたかと思えば、無言になり静かに時が過ぎる。
そしてまた少し時が経つとパッと表情も明るくなり部屋に戻って行った。


双葉さんはよく庭のヒマワリを見に行くことがある。
昼間はまだ分かるが、夜にも。
ただのヒマワリ好きかと最初は思っていたが、夜にヒマワリを見に行く時の様子はいつも少し暗い。

ヒマワリに何か不思議な力でもあるのだろうか?

そんな疑問も持っていた。



翌日。
学校までの送りは執事としての業務。
双葉さんはいつも通り学校へ向かっていった。



昨日の双葉さんの様子が気になった俺は、送迎が終わり戻ると庭のヒマワリを見に行った。

何の変哲もないひまわり。

9月に入ったということもあり、少し元気は無くなっている。
うん、やっぱり特に不思議な力があるようには感じなかった。


ひまわり。俺の思い出の花。




養護施設時代、夏の遠足の定番がひまわり畑だった。
入所して最初の遠足。
カラに閉じこもっていた俺は1人でひまわり畑を散策していた。
そんな時に通りかかった1人の少女。
白いワンピースに麦わら帽子。
いかにも夏休みを満喫している様子の子が走りながら周りを見渡して何かを探していた。
何かを探しているかと思えば、転んで膝を擦りむいていた。
涙を浮かべたその子に思わず声をかけてしまったのだった。

「大丈夫?」
「…うん!ありがとう!」

潤んだ瞳なのに、取り繕った笑顔で言葉を返しまた走って行ってしまった。
たぶん、俺よりも年下だろう。
そんな子の強がりが少し寂しいとも感じた。

開けたところに出るとその子は友だちと合流できた様子を遠くから見てホッとしていた。

そして翌年もそのまた次の年も何年か同じ子を見かけたのだった。
これは俺の無自覚な初恋だった。
その後、その少女に会うことも話しかけることもなかった。



ひまわりを見ていると思わず昔の話を思い出した。
俺がまだ純粋だった頃の話。

そんな時代もあったなあと懐かしみながら、残りの仕事を片付けた。


16時半。
双葉さんの迎えの時間となり、車を走らせた。

今日はふと思い出を思い出していたこともあってか運転中にも関わらずぼーっと車を走らせてしまっていたようで、気づくと普段の迎え場所を通り過ぎ、
校門の前まで来てしまっていた。

引き返すのもめんどくさい。

そう思い今日は校門の前で待つことにした。

学校帰りの浮ついた高校生たちが通り過ぎるのをしばらく見送っていると、遠くから男子高生と歩いてくる双葉さんを見つけた。

もう彼氏候補ですかね。お早いこと。
そんなことを思いながら、少しイラついている自分がいた。

「おかえりなさいませ。」
「あっ。ただいまです。」

いかにもなんでここにいるの?という表情をしていた双葉さん。
2人が俺を横目に話終えると、すぐに車へ乗り込み出発させた。

「お友だちができたのですか?」

学校での話はほとんど聞かないが、今日は珍しく聞いてしまった。

「はい、今日修学旅行の班を決めなければいけなくて。同じ班になった方です。」
「そうですか。」


少し嬉しそうに話していた様子に、再びのイラつきを覚えたが今日はそういう日なのだろうと自分を律した。


翌日。
双葉さんは怪我をして帰ってきた。

「お怪我の様子は?」
「保健室で手当してもらっているのでもう大丈夫です。」

小さな傷のようだったが、何かを思い出したかのように少し微笑んでいた双葉さんだった。

まあ、学校が楽しいようなら何よりだ。

 


それから約1週間後
朝からソワソワしている双葉さん。
学校がある日に朝からそんなに嬉しそうな様子は初めて見たこともあり、思わず聞いてしまった。

「何か良いことでもありましたか?」
「あっ…いえ。あ、今日のお迎えはいらないです。」
「わかりました。お友だちですか?」
「はい、スイーツ食べてきます。お土産も買ってきますね。」
「私のことはお気になさらず。駅までのお迎えが必要であればご連絡ください。」

ああ、友だちと遊びに行くということに浮かれていたのか。
そういう所は高校生らしいというか、小学生のような人だ。

迎えが必要であればと声をかけたが、様子を伺うために後は少し追わせてもらう。
主人を守ることも執事の務めだからである。

携帯のGPSが繋がっていることを確認し、双葉さんを学校まで送迎した。


16時頃。
いつもであれば迎えにいく時間だったが今日は家でまずGPSを開いた。
双葉さんはまだ学校。

「めんどくせぇ…」

そんな心の声を漏らしながら準備をしてGPSを追うことにした。

しばらくするとGPSは動き出し、朝に聞いていた通り、スイーツのお店へ入っていった。
女子は本当に甘いものが好きなんだなあ…と思いながら店も検索してみることに。

まあ、悪い店では無いが直接様子も確認しておこうと店へ車を走らせた。

女子の会話は長いしなあ…そんなことを思いながらゆっくり向かっていたが、GPSが店内で動き始めたのを確認した。
まだ1時間だぞ?!
焦った俺は法定速度内で車を飛ばして向かった。

スイーツ店を出る様子をGPSで確認しさらに焦る。
様子しばらく確認して戻る予定だったのになあ。
バレないようにすることも大事だからだ。

スイーツ店の近くへ来ると、駅へ向かって歩く高校生の姿が見えた。
きっと双葉さん。
そう思って相手を見ると、相手は男子高生だった。
まさかの女子じゃない。
これは止めなければ。

親心なのか執事としての役目なのか気づくと2人の前に車を止め、相手に一言伝えるとさっと双葉さんを車に押し込んで発進させた。

双葉さんは相手に少し申し訳なさそうな様子を見せながら、俺の行動がわからないとばかりに質問をしてきた。

「あの……どうして帰るってわかったんですか?」
「双葉様にGPSつけてますので。」
「なにか怒ってますか?」
「いえ、特には」

双葉さんに怒っているかを問われたが、特に怒っているつもりはなかったものの言われてみれば普段よりも少しキツめの口調になってしまっていたかもしれない。

まあ、そんなに気にして無いだろう。

そんなことを考えながらも、双葉さんとはその後無言のまま家に到着し、普段通り食事の準備をした。


家に戻ってきてからはいつも通り心穏やかに過ごしていた。
自分でもあの時なぜ少しキツめの口調になってしまったのかは分からない。
考えながらもカルボナーラを作り、配膳し終えると双葉さんが冷蔵庫から何かを取り出し渡してきた。


「これ、今日行ったお店のお土産です。そこまで甘くないものみたいなので良かったら食べてください。」

そう言って渡されたのはプリンだった。
ありがたく受け取ったが、ひとつ疑問に感じていたことを聞いてみた。

「あのさ、1つ聞いていい?」
「なんですか?」
「一緒に居た人は?」
「この前学校で凌雅さんと会った友だちです」

ああ、この前の奴ね。
ただ、スイーツの店に誘うなんて修学旅行の班が同じだけの友だちって感じではないな。
咄嗟にそう感じてしまった。

そして、きっと双葉さんはそいつが何を考えているかなんてきっと何も想像していないのだろうと。
執事たるもの、ある程度の安全は守る必要がある。
そう思った俺は

「へぇ。1つ忠告。男を信用しすぎないようにな」

それだけ話すとプリンとカルボナーラを持って、自室へ戻った。
きっと純粋なんだろう。

だからこそ、親心なのか余計に心配だった。



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