Anonymous〜この世界にいない君へ〜

File6 Father

夜に紛れて

2022年　9月3日　東京都目黒区自由が丘　午後23時

高層マンションの一室は暗闇に包まれていた。ベッドの上ではネグリジェを着たアノニマスが眠っている。今日は昼間に編集者との打ち合わせがあり、酷く疲れ果てていた。

太宰紫月など自分の存在を知っている人物以外の前では、アノニマスは泉翡翠として振る舞っている。翡翠はアノニマスとは真反対と呼べる性格だ。そのため、翡翠を演じるとどうしても精神的に疲れてしまう。彼女がベッドに入ったのは一時間ほど前のことだ。

アノニマスの膨らみの控えめな胸部はゆっくりと上下している。彼女が深く眠っている証拠だ。

時計の秒針の音が静まり返った室内に響く。その時だった。ベッドの中にいたアノニマスの目が開いた。否、アノニマスではない。彼女の目はどこか怯えた様子だった。

「ここ、どこ？」

まるで、迷子になった子どものように怯えた様子で彼女は室内を見回す。しばらくすると可愛らしい部屋に驚いた様子を見せていた。そして、ベッドから降りて室内を歩き回る。