Anonymous〜この世界にいない君へ〜

父と娘

「……あんな酷い事件、見たの初めてです……」

警視庁の一室、「未解決事件捜査課」の部屋に戻った蓮は机に突っ伏しながら言った。紫月が現場で遺体を確認してから二時間は経っているのだが、蓮の心は落ち着いていない様子だ。とはいえ、紫月も平常心でいられているわけではなかった。彼自身もあのような悲惨な現場は初めてと言っても過言ではない。

袋に詰められていたバラバラ死体は、人相はおろか性別すら判別が困難なほど損傷が激しかった。現場に紫月の数十分後に到着した監察医の幸成さえ、悲惨な遺体の状況に顔を顰めていたほどである。

「……遺体の身元確認はできそうか?」

恐る恐る訊ねた紫月に対し、幸成は難しい表情を見せた。

「遺体に毛髪なんかが残っていたらDNA鑑定で身元確認ができるかもしれないけど、この損傷具合じゃ難しいと思う。死因の特定も不可能に近いだろうし」

つまり、幸成の言う通りに身元不明で死因も不明だった場合、この事件は迷宮入りになる可能性の方が高いのだ。そのことを紫月が説明すると、部屋にいた「未解決事件捜査課」の人間の顔が青ざめる。
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