Anonymous〜この世界にいない君へ〜
「また何か事件か?」

その声には怒りや呆れといった感情は含まれていなかった。そこで紫月は理解する。彼女は太宰紫月の協力者としてここに来てくれたのだと。

「どんな事件だ?言ってみろ」

「執筆は大丈夫なのか?」

「それを今更お前が気にするのか」

アノニマスがフッと笑う。その笑みに紫月の胸に恋の高鳴りと痛みが混じる。アノニマスに対する気持ちは消えていない。だからこそ、彼女にしてしまったことは最低だと自覚していた。しかし今、アノニマスは笑っている。まるで、八月のことなどなかったようだ。

(ホッとするような、苦しいような、複雑だな……。まだアノニマスのことを好きなのに……)

しかし、その胸の内を悟られるぬように紫月は何とか「ありがとう」と言って笑みを作る。そして事件のことを一から説明した。アノニマスは黙って聞いている。

「ーーーというのが事件の全容だ」

「なるほど……。まだ犯人の目星はないというわけか」

「ああ。犯人像を推測できるか?」
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