Anonymous〜この世界にいない君へ〜
蓮が緊張した様子でチャイムを鳴らす。数十秒後、『……はい』と掠れた男性の声が聞こえてきた。その声はインターホン越しでもわかるほど弱り切っていた。

「警視庁の太宰と夏目です。娘さんの件でお話を伺いに来ました」

『……わかりました』

そう力無く言った後、インターホンがブツリと音を立てて切れる。そして玄関のドアが開いて一人の男性が姿を見せた。歳は四十代半ばほどに見えたが、その体はやつれ、髪には白髪が多く見える。彼が亜美の父親の義夫(よしお)だ。

「中へどうぞ」

義夫に促され、紫月と蓮は「失礼します」と言ってリビングへと入った。リビングには洗濯物や洗い物が散らかり、荒れたリビングが義夫の心を表しているように思えた。リビングの隅には小さな仏壇が置かれ、女性の写真が飾られている。

「妻の加奈子(かなこ)です。亜美を産んでしばらくして事故で亡くなりました」

写真を紫月がジッと見ていると、義夫が麦茶の入ったグラスを二つ持ちながら教えてくれた。テーブルの上にグラスが置かれる。
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