Anonymous〜この世界にいない君へ〜
「あっ、お構いなく……」

蓮の言葉は静かに消えた。リビングには重苦しい空気が流れている。誰かが事件に巻き込まれたというのは家族にとって辛いことである。それが殺人となれば心の傷はさらに深い。

「あの、娘さんが行方不明になった経緯について教えていただけませんか?」

紫月が何とか声を絞り出すように訊ねると、義夫は「全て私のせいなんです……」と言いながら涙を溢した。流れていく涙を見つめながら、紫月と蓮は義夫の言葉を静かに待った。泣きながら義夫はぽつりぽつりと話す。

亜美と義夫は遺体が発見される二日前、喧嘩をしてしまったのだという。亜美は怒って家を出て、夜中を過ぎても帰って来なかった。慌てて警察に連絡をしたものの、二日後に変わり果てた姿になって亜美は発見された。

「進路のことで喧嘩をしたんです。亜美は歌うことが好きで、将来は歌手になりたいと言っていました。でも私はそれに強く反対したんです。「一握りの人間しか成功しない職を目指すなんて、ギャンブルをするのと同じだ。もっと地に足をつけた職にしろ」と強く言ってしまった……」
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