Anonymous〜この世界にいない君へ〜
「イテテテテ……!!離せ!!離せよ!!」

「暴行未遂の現行犯で逮捕してやろうか?」

自分でも驚くほどの低い声が紫月の口から出た。その時に彼は気付く。自分が驚くほどに怒りを内に秘めているということに。

「け、刑事さん、逮捕だなんてそんな……。快児!!お前はさっさとゲーセンでもカラオケでも好きなところへ行け!!」

真っ青な顔をしながら泰造は快児を怒鳴り付け、お札を叩き付ける。紫月が手を離すと、快児は素早くお札を拾って部屋を飛び出していった。応接室に静寂が訪れる。

「泉先生、大丈夫でしたか?」

蓮がアノニマスに訊ねる。彼女は優しい笑みを浮かべ、「はい。太宰刑事が助けてくれましたから。ありがとうございます」と紫月に頭を下げる。刹那、紫月の頭に騎士が姫君を助けてお礼を言われるロマンス小説のワンシーンが浮かんだ。

(物語の最後、騎士と姫君は必ず結ばれる……)

ウェディングドレスや白無垢に身を包んだアノニマスガ頭の中に浮かび、紫月は慌てて彼女から目を逸らしながら「刑事として当然のことをしたまでです」と返した。
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