海よりも深くて波よりも透明
悠星くんの、『“日本では”絶対王者』とか『杉下真恋』の言葉に、ちょっと心をえぐられる…。



あたしは何も言わず、笑顔を浮かべる。



引きつってないか心配だ…。



「まあな。でも悠星はそれで安心せず、お前が男子の絶対王者になるくらいのつもりでいろよ?」



あたしの気持ちに気づいたのか、夏葉が話を逸らしてくれた。



テーブルの下で夏葉の手をそっと握ると、夏葉があたしの指を優しく撫でてくれる。



夏葉はあたしの安定剤だな…。



それからたっぷりご飯を食べて花枝さんの家を出た。



悠星くんは原付で家に帰り、あたしと夏葉は手を繋いであたしの家まで歩き。



もうすっかり冬で、帰り道は寒いから、夏葉のポケットに手を突っ込んだ。



「夏葉ってあたしのことなんでも分かってるんだね」



何気なくあたしが言った。



「好きな女なので」



そんな風にはっきり言ってくれる夏葉が大好きだ。



ちょっと弾んだ気持ちで夜道を歩き、何気ない会話。



「夏葉お仕事増えたでしょ?」

「おかげさまで」

「引っ越さないの?」

「引っ越すより板増やしてえ」



あの家のどこにこれ以上板を置くスペースがあるんだろう…。



気持ちは分かるけどね。



夏葉の知名度がちょっと上がって、お仕事も増えて。



それでも変わらない夏葉が嬉しい。



話してたら、あっという間にあたしの家に着いてしまった。



この時間がいつも寂しい。



家の前で夏葉にぎゅっと抱きついた。



2人ともコートを着てるからもどかしい…。



もっと夏葉に触れたいのに。



夏葉があたしの頬を両手で挟んだ。



手のひらの熱が体温を少し上げる。



夏葉がそのままあたしの唇に一瞬キスした。



「ん。さみいからもう家入んな」

「うん…。またね!」

「ん」



夏葉に手を振って家に入った。



寒かったはずなのに、身体がぽかぽかしてる。



海が気持ち良い夏が大好きだったけど、冬も冬で良いかもしれない…。
< 178 / 328 >

この作品をシェア

pagetop