海よりも深くて波よりも透明
「あたし、恋とかしたことなくて、恋とか、恋人とか、それがどういうものなのかよくわからないんだよね」

「あ~、そういう人もいるよな」

「うん。でも憧れはあるの。ミナさんはそれを知ってるから『ついに』って言ったんだと思うけど」



あたしもいつか恋とかして、恋人のいる幸せを味わってみたい。



もちろん今でも充分幸せだけど。



でも、恋人のいる幸せってどんなものなのかなって憧れるんだよね。



夏葉は軽くうなずいてる。



「じゃあ、良い人と出会って恋人同士、なれたらいいな?」



包容力のある夏葉の言葉。



なんだか不思議な安心感がある。



「付き合うってどんなものなのかわからないけど、あたし、夏葉とだったら付き合いたいかもって思う」



あたしが言った。



夏葉はぽかんとした顔。



「…お前、そういうことあんまよそで言わない方がいいぞ」

「そんなこと他で言ったことない」

「…」



ん、あたし変なこと言ったかな?



変な空気のまま、ようやくご飯を食べ終わった。



「そろそろ行くか?」

「ん…」



なんか帰るの寂しい…。



せめて連絡先聞きたいな…。



聞いてみよ…。



「あ、夏葉…」

「ん?」



えっ、なんか声が出ない…。



連絡先聞くだけなのになんで!?



頑張って聞いて、あたし…。



あたしがモゴモゴと口ごもってたら、夏葉が座り直して、「あ」と言った。



「連絡先、俺ら知らねえじゃん。交換しよ」

「えっ」



まさかの夏葉からの申し出…。



嬉しすぎない!?



なんだかそわそわした気持ちで連絡先を交換した。



なんかもう胸いっぱいだから帰ってもいいや…。



っていうかこの感情…。



もしかしてなんだけど…。



恋、では…?



その感情の可能性に気がついて、一気に心臓の動きが速くなった。



どんなに大きな波に乗ったときでもこんな心臓の動き方したことない…。



心地よい音。



岩崎 穂風、17歳。



はじめて知った感情に、ワクワクが止まらなかった。
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