海よりも深くて波よりも透明
~穂風~

心の中から何かが抜け落ちたみたい。



暖かいシャワーを浴びて、湯船に浸かって、髪の毛を乾かしてもらって。



夏葉が入れてくれた紅茶のマグカップを両手で持ち、ゆっくりと飲む。



心はようやく落ち着いた、はず。



泣きすぎた目もとがちょっとひりひりするくらい。



ソファで隣の夏葉の肩にもたれると、大事そうにあたしの手を包み込んでくれる。



あたしの大好きな夏葉の手。



夏葉には沈静効果がある。



「夏葉…」

「うん?」

「あたし…もう、やりたくない…」

「…何を?」

「サーフィン」



あたしがそう言うと、夏葉が驚いた表情であたしの顔を見た。



あたしの目から、再び涙がこぼれ落ちる。



「サーフィンのこと考えると…つらい」

「…」

「楽しいと思えないの…」



ママたちがずっと言ってた、『順位に縛られるな』の意味がようやくわかった…。



大好きでサーフィンしてたのに、いつの間にか優勝することで頭がいっぱいになってた。



何のためにやってたのか、わからなくなっちゃった…。



涙が止まらなくて、夏葉の胸にしがみついて泣き続けた。



あたし、おかしくなっちゃったみたいだ…。



夏葉が黙ってあたしの背中をさすってくれる。



「もう十分頑張ったもんな?」

「…」

「他に好きなことしてみたらいい」

「怖いよ…」



物心ついたときからサーフィンしかやってこなかった。



他に何がやりたいかなんて分からない…。



急にそれが消えてしまうのは…怖いよ…。



今、あたしの目の前、絶望しかないかも…。



「何もサーフィン辞めろなんて言ってねえよ。もう一度サーフィンしたくなるまで、休んでみるのはありってこと」

「もうこのまま二度とやりたいって気持ちを持てなかったら? あたしにはサーフィンしかないのに…」

「そのときはそのとき。色んなことをしてみたら、穂風の世界は広がる」



夏葉の言葉は優しい。



不思議と心の中にすーっと溶け込む。



休んでみるのは…ありかもしれない。



そのまま夏葉の胸の中で泣き続けた。
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