海よりも深くて波よりも透明
それから、腹が減ったという穂風に飯を作ってやって。



最近自分は穂風の彼氏ではなく親なんじゃないかという気がしてくる。



食べ終わってからは2人でダラダラ。



一緒にスマホ見たり、本を読んだり。



くだらないことで笑い合う。



久しぶりにゆったりとした時間だ。



穂風が、読んでいた本を本棚に戻そうとしたとき、壁にある写真に目を留めた。



じっと黙って動かない。



穂風の写真だ…。



はじめて穂風を湘南の海で見たときに、思わず撮った写真。



ここから俺たちは始まった。



穂風の顔を見たが、何を考えているかよくわからない。



うしろからそっと抱きしめて髪を撫でた。



「あたし、あのときに戻れるかな…」

「…」

「プライドの塊だったあたしはね、夏葉にこの写真を通して、あたしという存在を認めてもらえた気がしたんだ」



穂風はそう言って、体ごと俺に振り向いて、俺の胸に体を預けた。



俺は穂風の体を優しく抱きしめて、そのまま髪を撫で続けた。



穂風はまだ休みが必要だ。



だけどいつかまた、穂風があの海という舞台で活躍できる日が来るといい。



俺も、穂風がそこで輝いているのを見るのが好きだから。



それまで、俺は穂風のことを支える。



穂風が、俺の顔を見つめる。



それから、ふとなにかに気づいた様子で、目もとに手を伸ばし何かを取った。



「まつげついてる」

「お~」

「願い事して?」

「何だそれ」

「知らないの? まつげ抜けたら願い事するんだよ」



はじめて聞いたわ…。



願い事…。



それなら、俺は、穂風の成功を祈る。



「願い事した?」

「ん」



穂風は、指に乗せたまつげをふっと吹く。



まつげは軽やかに宙を舞った。



穂風がにこっと笑った。
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