海よりも深くて波よりも透明
「遠距離に耐えられなくなってあたしから振ったけど、それからも全然夏葉のこと引きずってた」

「…」

「夏葉みたいに頑張って自分の夢を追いかけようと思って来たニューヨークで夏葉に偶然会って、運命だって思っちゃったの」

「…確かに偶然会ったのはすげえと思う。でも俺はもう、悪いけどお前のことは全然考えてねえよ」



俺がそう言ったら、千咲はうつむきながら少し目に涙を溜めた。



それからもう一度俺を見る。



「夏葉に今彼女がいるって聞いてショックだった。だけど全然諦められないよ…。だって会っちゃったんだもん…」

「俺は、諦めろとしか言えねえよ」

「あたしから別れを切り出さなかったらまだ付き合ってた可能性だってあるでしょ?」

「悪いけど、それはない。仮に別れずに日本に戻ったとしても、今の彼女に出会ってたら絶対にそっちを選んでた」



俺が人生で心から好きで大事にしたいと思ったのは穂風だけだから。



お遊びみたいな恋愛ばっかりしてきたなかで、初めて心の底から愛してると思ってんだ。



生半可な気持ちじゃない。



「…もういいか?」

「あたし、諦めないから…。しばらくこっちにいるんでしょ? また来る」

「何度来たとしても答えは変わらねえよ」

「そんなの分からないじゃん。一度はあたしのこと好きになったのは事実でしょ」



だけど、その好きは本当の好きではなかったって、穂風と出会って気づいたんだよ…。



千咲は俺に背を向けて海岸を出て行った。



困ったな…。



まだ穂風に千咲と会ったことも言えてねえのに…。



さすがにこれは隠すわけにはいかない。



ただ、穂風の不安を煽るようなことはしたくない…。



穂風の様子を伺っているうちに、時間が過ぎ去っていった。
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