海よりも深くて波よりも透明
「用事あって入ってきたんでしょ? なに?」



あたしがそう言うと、思い出したという表情をしたママ。



「来月パパ帰ってくるって。MSCの審査員やるらしいけど、それあんたも出るんだよね?」

「えっ、うん…」



ハワイのノースショアというサーフィンの聖地に我が家の別荘がある。



あたしの両親は、日本とハワイでそれぞれ半々くらいの割合で住んでいる。



だから、夫婦だけど年間でほとんど一緒に暮らしてはいない。



『他人と年中ずっと一緒に暮らしてたら死ぬ』っていうのが二人の言い分。



だけど仲が悪いわけじゃなくて、夫婦というより恋人みたいにラブラブ。



喧嘩してるのもあたしは17年間の人生で一度も見たことがない。



にしても、MSCの審査員か…。



MSCとは、マカナ・サーフィン・チャンピオンシップ(MAKANA Surfing Chimpionship)の略。



あたしや悠星くんのスポンサーでもあるスポーツブランドMAKANAが主催する大会だ。



MAKANAは世界的ブランドだから、MAKANAがスポンサードしている海外の選手が集まる。



あと、MAKANAに関係のないセミプロも何人か出場する。



今年は、パパを特別審査員として呼んだんだ…。



あたしは、自分が出場する大会の審査員に親が出るのが大っ嫌い。



パパもママも贔屓するわけないんだけど、そうは思わない外野もたくさんいる。



あたしの実力なのに、親が甘めにつけたとか言われるんだ。



あたしのプライドに障る…。



できれば出場したくない。



けど、大事なスポンサー様だから出なきゃ…。



そこですぐ脳内に夏葉が浮かんだ。



夏葉は、親の力だって思うかな…。



そう思って、一瞬でその考えを取り消す。



夏葉はそういう人じゃない。



あたしのまんまを見てくれてる人だもん。



ママは「久しぶりにタツに会える~」とご機嫌でトレーニングルームを出て行った。



トレーニングが終わってスマホを見ると、通知が一件。



夏葉から10分前に来てる。



『弁当、何入れてきてくれんの?』

『それは当日のお楽しみ~』



それにしても、土曜日楽しみだな…。



リアが余計だけど、リアのおかげで約束できたようなもんだし。



おいしいお弁当作ってこ~。



片思い、最高に楽しい春。
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