海よりも深くて波よりも透明
「チッ、ビジターが」



やばいタイプのローカルだ…。



ローカルとは、そのビーチ根差したサーフコミュニティの中にいるローカルサーファーのこと。



それに対して、よそからやってくるサーファーのことをビジターという。



もちろん人によるが、ローカルはビジターにかなり厳しい。



一方でローカルは近隣住民とのトラブル対応にも当たってくれる。



要するに、ローカルに対して謙虚な姿勢でリスペクト心を持って接する必要があるということだ。



それを、俺は岩崎穂風に釘付けだったためにうっかりその辺に注意を向け忘れ、自分勝手に波に乗ってしまったわけで…。



「すみません」



とりあえず謙虚な姿勢で謝った。



ここでトラブルを起こしたら、これからの俺の湘南でのサーフ生命に関わる…。



「ヘラヘラしてんじゃねえよ」

「はい、すみません」

「ったく、これだからビジターは」



海の上で文句を浴びせられている俺…。



初日からまじでやってしまっている。



でもそこに、なんと岩崎穂風が近づいてきた。



「中尾さん、どうしたの?」



透き通った声で、俺に文句を言うローカルのお兄さんに話しかける。



それから俺の方を見る。



「あ、昨日写真撮ってた人だ」



そう言ってから、お兄さんの方をもう一度向く。



「この人がなんかしたの?」

「ビジターのくせに自分勝手に振る舞ってんの」

「たまたま見えなかったんじゃない?」

「ぜってー嘘!」

「だって多分この人サーフフォトのプロだよ。そんな人が地元の人とトラブルになるようなことするかな」



そう言って俺の方を「どうなの?」というように見た。



俺はうなずいた。



「いや、まじで見えなかったっす…。すみません、気をつけます」



俺が言うと、ローカルのお兄さん…中尾さん? がチッと舌打ちした。



「中尾さーん、あんまローカルだからって偉そうにするのやめようよ~。海は誰のものとかないんだから」

「穂風ちゃん…」

「あ、ほらほら、良い波来たよ」



岩崎穂風が中尾さんにそう言うと、中尾さんは波に乗りに行った。



それから岩崎穂風がこっちを見てニコッと笑う。



うわ、めちゃくちゃ可愛い…。
< 5 / 328 >

この作品をシェア

pagetop