海よりも深くて波よりも透明
「何怒ってんの」

「別に」



あたしはそう言ってぴちゃぴちゃと水辺を踏んで歩き出す。



着いてくる夏葉の足に、水を蹴ってかける。



「おい」

「知らなーい」



散歩中の犬がこっちに駆けてくる。



あたしがしゃがみ込んで犬を撫でると、犬の方も嬉しそうにあたしに前足をかけてくる。



一通り撫でてから犬とバイバイした。



「犬好きなの?」

「別に~。ねえそれよりさ」

「あ?」

「手、繋いでいいよね?」



あたしが言うと、夏葉が面食らった顔をした。



そっちが勝手にするならあたしも勝手にするから。



夏葉の返事を待たずに、勝手に夏葉の手をそっと取ってみた。



男の人の手…。



やば、勝手にしといてめちゃくちゃドキドキしてきた。



あたしがもう一度歩きだそうとすると、動かない夏葉。



不思議に思って夏葉を見上げた瞬間、腰のところをぐっと引き寄せられた。



突然、夏葉との距離が0センチになる。



真っ直ぐあたしを見つめる夏葉。



心臓がおかしくなりそう。



「まじ…敵わねえ…」

「なに…」

「俺と…付き合う?」



波の音がひときわ大きくなった気がした。



潮風があたしの頬を撫でる。



今なにが起こったのか、一瞬分からなくなって。



あたしから目を反らさない夏葉に、その言葉の意味が分かった気がした。



「ま…じで言ってる?」

「嘘だと思うか?」

「思わない…」

「返事は?」



さっきまで怒ってた気持ちがすーっと消えていく。
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