薬師見習いの恋
 ロニーの家は彼女の家ではないというのに、こちらに戻ってくるものだと思い込んでいた。
 なんという思い込みだろう。
 ロニーは自分の迂闊さを笑いたくなった。
 だが、マリーベルがなにも言わずに自宅に帰ったとも思えない。

「お前……なんの用だ!」
 鋭い声が飛んだ。そちらを見るとアシュトンが暗い目でロニーを睨みつけている。

「マリーが来たはずです。いまどちらに?」
「彼女はとっくに帰った、お前もさっさと帰れ!」
 アシュトンは怒鳴る。

 ロニーは不審に思った。どうして彼はこんなに怒っているのか。
 エンギア熱が蔓延し、いつまでも収束しないいらだちなのか。
 いや、きっとそうではない。

「早く帰れ!」
 催促する怒声に焦りを感じ、ロニーは確信した。

「マリーはここにいますね?」
「帰ったと言ってるだろうが!」
 従僕のひとりがよろよろと歩いてくるのが見えた。アシュトンがマリーベルを捕まえさせた従僕であり、地下室に閉じ込められた男だ。

「アシュトン様、マリーが……」
 言いかけた従僕はロニーに気がついて口を閉じた。

「マリーがどうしたんですか!?」
 ロニーはアシュトンにかまわず従僕に迫る。
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