薬師見習いの恋
「森には魔獣がいる。そうだな、アシュトン殿」
「そうです、身の丈は二メートルほど、イノシシのような外見で角があり、背中には大きなトゲのようなものがあるそうです。そのトゲは見るたびに育っているとか」

「育つトゲを持つ魔獣……聞いたことがありません」
 そもそも魔獣は数が少なく、危険な生物でもありその研究は進んでいない。未知の魔獣がいてもおかしくはなかった。

「すぐに軍を手配して森へやる」
「駄目です、繊細な薬草ですから、それではすぐに枯れてしまいます。私だけで行きます」
 ロニーは断言し、エルベラータはしばし迷ったのちに頷いた。

「これを持っていけ。気休めだろうが、魔獣除けのミントやルーが入っている」
 エルベラータは腰につけたポマンダーをロニーに渡す。金色に輝くその中心には青い宝石が象嵌された王家の紋章が刻まれている。

「ありがとうございます」
 ロニーは受け取る。本当に魔獣除けになるかはわからないが、エルベラータの気遣いを無碍にすることもない。

「待てよ、俺も行く!」
「ダメだ、フロランがいない今、アシュトン殿にはここで疫病対策の全体の指揮をとってもらう」

「ですが」
「命令だ」
「……かしこまりました」
 アシュトンはうなるように返事をして頭をさげた。

 結局、彼もまた貴族のひとりだ。王女が村を滅ぼそうとしているのかもしれないと疑っても、面と向かって命令されてしまうと逆らうことができなかった。
 エルベラータは咳き込み、その場に座り込んだ。

「殿下!」
 ロニーとアシュトンが慌てて駆け寄る。
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