薬師見習いの恋
「わかってたのに」
 うずくまり、マリーベルはつぶやく。

 いつかロニーは去っていく。自分の思いは実らない。
 わかっていたのに、現実をつきつけられると胸がつぶれそうに痛い。

 想像の中ではロニーはいつもひとりで旅立つことになっていた。
 荷物をまとめ、村人たちに惜しまれながら別れを告げ、最後にマリーベルを抱きしめてからさよならを言って村を発つ。そんな想像ばかりをしていた。

 まさか女性が迎えにきて一緒に旅立つなんて、そんな想像をしたことはなかった。
 自分が一緒に旅に出たならばと考えたこともあるが、絶対に両親が許してくれないだろうし、マリーベル自身も彼の足手まといになりたくはないからあきらめていた。
 マリーベルには村の外という未知の世界は怖くて仕方がない。

 だが、エルベラータは違う。
 女ながら旅をしてロニーに会いにきた。
 勇敢で情熱を秘めた女性なのだろう。貴族ならば自分よりも教養があるに違いない。どちらが彼にふさわしいか、比べるまでもない。

 自分はロニーに教えてもらってようやく自分の名前を書けるようになった。
 初めて名を書いて喜んでいると、彼も喜んでくれて嬉しかった。
 薬学書の難しさに困っていると、丁寧に解説してくれた。
 覚えが早いと褒めてくれて、自慢の弟子だ、と頭を撫でてくれた。

 思い出すのはいつでも温かい記憶ばかりだ。
 涙が自然とこぼれ、嗚咽が漏れる。
 いつしかそれは大きな泣き声にかわり、無人の森に悲しく響いた。
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