薬師見習いの恋
 マリーベルは焦っていた。
 こんな話、どうでもいいのに。もっと違う、中身のある話がしたいのに。
 なのに頭がうまくまわらない。

 つい、行かないで、と言いそうになる。
 この一週間、なんどもその衝動と戦った。

 無邪気な子どものままでいたなら彼にそれを言えただろう。
 確固たる意志のある彼に、最後くらいは大人になったのだと思われたかった。いつまでも子どもだと思われたまま別れるのだけは嫌だった。

 引き留めの言葉は最初に伝えた。
 それでも彼が行くというのだから、きちんと見送らなければならない。

「レミュールに行ったらまた会える?」
「どうでしょう。銀蓮草が見つかれば、あるいは」
 ロニーの正直な答えに、マリーベルの胸はまた痛む。彼にとっては自分との別れは痛手ではないのだ。

「エルバ様と一緒にいくの?」
「違いますよ。エルベラータ様を愛称で呼ぶほど仲良くなっていたのですか」
 ロニーの声に笑みが含まれ、マリーベルは首をかしげた。

「仲がいいっていうか……いい人だとは思う」
 エルベラータとは彼女がルスティカ家に行ってから会っていない。親しいとは言えない気がした。

「あの方はいつのまにか人の懐に入ってきてしまう。人たらしというかなんというか」
 ロニーの細められた目に彼女への好意を感じてマリーベルは目を背けた。
 一緒に出て行かないにしても、どこか……たとえば王都での再会は約束しているのだと思えてならなかった。
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