薬師見習いの恋
 見送りができなかった。最後の挨拶ができなかった。
 マリーベルはずるずると座りこみ、静かに涙をこぼした。

 母は知っていて、だから朝はマリーベルを引き留めようとしたのだろう。知るのがなるべく遅くなるように。
 涙はとめどなくあふれ、部屋にはマリーベルの嗚咽が満ちた。

***

 マリーは怒っているだろうか、泣いているだろうか。
 青い空を見上げ、ロニーは彼女を思った。

 このような出発の仕方はかえって彼女を傷つけただろうか。
 それを選んだのは結局、ロニー自身が未練を断ち切るためだった。

 この村に来たときは、こんなに長くとどまることになるとは思わなかった。
 ナスタール村の近くで過去に銀蓮草の発見例があると聞き、村に訪れた。

 旅の疲れで倒れてしまい、マリーベルに助けられた。
 治るまではとお世話になっていたが、優しい家族に癒され、気がつけば一冬を過ごしていた。

 銀蓮草のことは村の誰も知らなかった。
 マリーベルは自分を慕い、薬師を目指すと言ってくれた。

 それが嬉しくて、なにも知らなかった彼女に文字を教え、薬草を教え、薬の作り方を教えた。
 この村には医者がいない。薬の知識を持つ者がいれば助けとなるだろう。

 村の人のためだ、と言い訳をしてずるずると居座ってしまった。
 ルスティカ家の奥方を助けてからは家を与えられ、そこを拠点にあちこちで銀蓮草を探した。
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