薬師見習いの恋
 ささやかれる声に、ああ、とエルベラータは額に手をあてて天を仰ぐ。

 王女ならば、とマリーベルは納得する思いだった。お供はいつも彼女に丁寧で、ロニーもエルベラータを下にも置かない扱いだった。アシュトンが迎えに来て屋敷に滞在するのも当然だ。

 そうしてロニーは出て行った。きっと先に王都へと向かったのだろう。王女がわざわざ迎えに来たとなればそうに違いない。

「どうしてそういう話になっているのか知らないが、憶測は辞めていただきたい」
 はっきり言うエルベラータに、ざわめきが途絶える。

「お医者殿、まずは屋敷の方へ」
 むっつりとエルベラータが言い、医師は頷いた。

「診察の必要な御婦人がいるとか」
 言いながら、医師はごほごほと咳き込む。

「大丈夫か?」
「申し訳ございません。しばらく前まで学会の発表で隣国におりましてな。この国との気温差のせいもあって風邪を引いたようでございます」

「医者の不養生か。ご婦人にうつすなよ? エンギア熱だったら大ごとだぞ」
 エルベラータが苦笑する。
 お医者様でも風邪をひくんだ、とマリーベルも苦笑した。




 騒ぎが起きたのは夕方になってからだった。
 マリーベルの家にエルベラータが駆け込んできた。
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