薬師見習いの恋
「ちょっと抜け出して家族にしばらく帰れないって伝えて来るわ。ちょっとくらいバレないわよね。あなたのことも伝言してくるわ」
 軽く咳をしながら彼女は言う。

「頼んだわよ」
 メイドはもうひとりを見送り、自分の仕事に戻った。

***

 病気はマリーベルとエルベラータの予測を上回る速度で感染を広げた。
 翌日には熱を出す人がちらほらと現れ、マリーベルは患者とその家族に家から出ないように頼んだ。

 だが、生活するためにはまったく出ないわけにはいかない。水を汲みに行かなければ飲み水は手に入らないのだ。
 そうして水場に行き、人と接触し、感染が広がる。

 お年寄りには信心深い人が多いため、広場の聖祠へと祈りを捧げに来る。病気を神罰と考えるご老人は神に許しを請い、病魔は悪神の差し金と考える者は神に救済を求める。

 エルベラータは自ら出向いて家にいてくれと頼んだが聞き入れてもらえず、まったくの無駄どころか祈りを妨げるなど神への不敬だと反感を買う結果となった。

「神などいるものか。これは悪神の呪いでもない、ただの病気だ!」
 エルベラータは敬虔な信徒であるご老人たちにこそ言わないでいたが、マリーベルの前で愚痴をこぼしていた。

 せめて感染防止に顔の下半分を布で覆うように伝えても、その意味を村人は理解してくれず、効果は薄かった。
 マリーベルはかつてのロニーの家で必死に薬を調合した。
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