薬師見習いの恋
 即座に判断ができるエルベラータをすごいと思ったのだが、彼女は「王都で流行ったときの経験だよ」と悲しそうに言った。

 薬は作っても作っても追いつかない。寝る時間を削り、必死で薬を調合した。少しは休むようにとエルベラータに言われても、マリーベルは首を横に振った。

 あの薬草があれば。
 マリーベルは森の中の月露草を思う。

 だが、あの場所にたくさんの人が踏み入ればあっという間に枯れ果てるだろう。そうなると薬を作れなくなる。それになにより、おそろしい魔獣があの場所を縄張りにしていた。自分のかわりに危険を冒して取りに行けと人に言えるわけがない。

 そもそもあの場所は自分しか知らないのだ。もうひとり薬師がいたならばなんとしてでも採りに行くと言うのに。

 ロニーが出立して十日後には村人の半数が発病し、マリーベルの目の下にはくっきりとクマができて、ただ気力だけで立っている状態になっていた。もはや薬も材料も在庫は尽きて、タンポポの根を煎じて薬瓶に入れるありさまだ。このようなことは素人でもできることであって、薬師としての自分などまったく無価値に思えてしまう。

 薬として使えるチンキを作るときにはハーブをアルコールに漬ける必要があり、すぐに完成するものではない。その他の薬でも薬草を乾燥させてからすりつぶす、成型するなど、手間も時間もかかる。

「マリー!」
 ドアをノックすることなくタニアが飛び込んできた。

「どうしたの?」
 マリーベルは驚いて彼女を見る。
 タニアは目に涙を浮かべていて、マリーベルを見た瞬間に零れ落ちた。
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