The previous night of the world revolution
白い肌に、痛々しく走る亀裂。

一度人生を諦めることを望んだ証。

その傷痕を、俺はウィルヘルミナの前に印籠のように掲げた。

彼女は目を見開き、怯えたような表情をした。

ただの生傷なら、彼女も恐れはしない。折れた腕から骨が飛び出していたって平然としているだろう。

でも、これは違う。この傷は、他の誰かによってつけられたものではない。他でもない自分自身が、生きることを諦める為につけた傷だ。

自分の人生に絶望し、裏切りという不幸のどん底に突き落とされた証だ。

俺はもとから、それほどメンタルの弱い人間ではない。それなりのタフさがあることは、彼女も知っているはず。

それなのに、この傷。

俺がどれほどの絶望を味わったか、少しは想像出来るのではなかろうか。

しかもこの傷の責任は、ウィルヘルミナにもある。

俺を犯人だと決めつけ、真実を探ろうともしなかった。

俺にとっては、加害者も同然だ。

ウィルヘルミナだって、それは分かっている。自分が信じなかったばかりに。俺を見捨てたばかりに…。

…こんなものは、俺だって見せたくはない。

けれども彼女に提示出来る「証拠」は、これしかないのだ。

「…助けてくれたのは、ルキハです」

ルキハ、は本当の名前ではないが、ウィルヘルミナはそちらを覚えているから、敢えてその名前を出した。

「彼と、彼の仲間が…『青薔薇連合会』が助けてくれなければ、俺は死んでいたでしょうね」

これは事実だ。彼らがいなければ、俺はこの傷で死んでいただろう。

更に。

「俺はこの傷を負った後、二年間入院しました。精神病院に、です。重度の精神疾患を患って、今でも服薬を続けています。何ならカルテでも持ってきます?」

「…」

俺が、そこまで傷ついているとは思わなかったのか。

ウィルヘルミナは、恐怖に怯えた目で後ずさった。

「そりゃそうなりますよね。生まれたときから帝国騎士になる為に生きてきたのに。それ以外の俺に価値はないと言われながら育って、苦しい思いをしながら耐えてきたのに」

彼女も貴族の生まれなのだから、分かるだろう。

どれほどの重圧をかけられて育てられてきたか。想像出来るだろう。実感出来るだろう。

「それなのに、努力が報われたと思った突如に裏切られた。憧れていた帝国騎士団に捨てられ、身を呈して守った女王に手のひらを返された。富も名誉も尊厳も、全部踏みにじられて、ですよ」

これがどういうことか、少しでも想像出来るか。

俺の痛みの少しでも、理解することが出来るか。

俺は傷のついた左手で、ウィルヘルミナの腕を掴んだ。

勿論、逃げることは許されない。

「この傷をよく見なさい。これはあなた方がつけた傷です。あなた方は、俺を殺したんです」

「そ、それは…」

「絶望の中で、助けてくれたのは『青薔薇連合会』だけだった。それでもまだ、俺を犯罪者だと罵りますか。マフィアに寝返った裏切者だと言いますか。先に裏切ったのは、どちらですか?」

「っ…!」

なじるように詰め寄ると、ウィルヘルミナは泣きそうな顔で震えていた。

さすがに、限界か。

まぁ、よく耐えた方だ。まともな神経してたら、耐えられないだろうからな。

目の前に、自分のせいで死にかけた人間がいるのだ。

そりゃあ、罪悪感の一つも煽られる。

…さて、そろそろ切り替えていこうか。

俺は別に、彼女に恨み節をぶつけたかった訳ではないのだ。
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