婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
第一話 公爵令嬢、卒業パーティーで倒れる
「クロエ! こちらへ来るんだ!」
煌びやかに飾り付けられた学園の大ホールに、公爵令嬢クロエを呼ぶ声が響く。
呼んでいるのは、婚約者である、第一王子スティーブだ。
卒業パーティーの会場は、一体何が始まるのかと、静まり返る。
スティーブの後ろには、彼に寄り添い袖を引く、男爵令嬢アメリアの姿があった。
当事者であるクロエには、今から何が起こるか分かっている。
今日この場で、クロエは婚約を破棄されるのだ。
卒業パーティーには、学園に在学する全ての生徒が参加する。
昨日の帰り際、クロエはスティーブから、今日のエスコートを拒否されていた。
その時点ですでに彼女は、こうなることを予期していた。
「……はい」
クロエは、弱々しい声で返事をする。
公爵令嬢であるクロエは、長年王子妃教育を受けてきた。感情をあまり露わにしないよう教育されてきた彼女が、こうして弱気な姿を見せるのは、珍しいことだ。
しかし、スティーブはそれを気に留める様子もない。
金色に輝く髪とは対照的に、暗く濁った青い瞳で彼女を見下ろし、宣言した。
「もう分かっていると思うが、この場ではっきりさせておこう。理由もあえて言うまい」
クロエがうつむくと、黒くつややかな髪が、背中から胸元へさらりと流れる。
クロエは蒼白な顔で、浅い息を繰り返す。ルビーのように美しい瞳は、力なくゆっくりと伏せられていく。
「クロエ。今日をもって、お前との婚約を――」
スティーブが再び口上を始めた、その時。
クロエは突然、何の前触れもなく、その場に倒れた。
血の気を失った白い頬に、もう何年も見せることのなかった涙のあとを、一筋残して。
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