満月の誘惑




目を瞑って、両親に感謝を言い続けた。

もちろん旦那様にも。月城家へ来てくれてありがとうと。そして、後をよろしくおねがいしますと。




ざわざわと音を立てて揺れていた木々が一斉に静まり返ると、一匹の狼がその静寂を破るように地面を蹴った。




早く終わって。

そう願うのに、蹴った音がツンと耳に響いても意識は遠のかず、何かの荒い鼻息が聞こえる。



怖いはずなのに片目だけを開き、目の前の景色を視界に入れた。



私の目の前には、背を向けた狼が一匹。




「旦那、様…?」




無意識に名前を呼んでしまう。

すると、背を向けていた狼が振り返り、三度唸るように息を吐きながら、瞬きをして顔が俯くと、涙が流れたように見えた。


< 52 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop