ReTake2222回目の世界の黒田美咲という世界線
5:高校入学と読み間違い
私は一貫校のエスカレーターの道から外れる事なく、高校に進学した。中学までは共学だが高校からは女子高になる。男子校であれば家からの通学時間が短くなるけれど、女子高は今までと同じ通学時間だ。校舎を入れ替えてほしい。当然大学は医学部でなければ意味がなく、エスカレーターと言っても医学部に上がれる人数はかなり少ない。勉強に抜かりは許されない。とは言っても幸い記憶力は良いので、現状維持を続ければ問題なく自分の希望する学部への道は続いている。
今日は週に一度の合気道の稽古に来ている。母が勧めてきた空手は、試合があり自分から突きや蹴りの攻撃を仕掛ける。祖母が勧めてきた合気道は、原則試合は無く攻撃と防御の役割を順番に演じて稽古を続ける。祖母と母の性格の違いが見えて面白いと感じる。
私が合気道を選んだ理由の一つは、祖母の稽古を見ている時に「黒袴」がカッコイイと思ったからだ。空手では黒帯になるのだが、合気道では帯ではなく黒袴を着用する。祖母が黒袴を着て男性を投げ飛ばす姿が本当に格好良く見えた。空手は自分の力を相手にぶつける。合気道は相手の力で相手を投げ飛ばす。ちなみに父がやっていた柔道は、自分の力で相手を投げ飛ばす。なんとなくではなくちゃんと知ると、ぼんやり見ている時には見えないそれぞれの面白さが見えてくる。
私が通っている道場では15歳から段持ちになれるので、当然今の私は念願の黒袴を着て稽古をしている。
稽古が終わり道場の掃除をしていると、小学生の頃から一緒に練習してきた2歳年上の小林優太君が声をかけてきた。彼の事は昔からファーストネームで呼んでいるのだが、安田君へ恋したあたりから彼の名前を呼ぶのがちょっと嬉しく感じている。理由なく彼の株が上がっている。
「美咲ちゃん。このあとちょっと話があるんだけど……」
少し嫌な予感がした。告白は関係を壊してしまうから、言わないで欲しいな。でも小学生からの付き合いだし、いまさらそんな事もないか。自意識過剰かな。
「うん、わかった。掃除終わってからでいい?」
「できれば……ドトールでも行かない?」
「わかったよ」私の嫌な予感係数が一気に上がった。
私は生意気にも小学3年生くらいの頃からブラックコーヒーを愛飲している。母の影響だ。祖母は今でもコーヒーは下品だと言って紅茶しか飲まない。
「で、話ってなに?」私はコーヒーを飲みながら言った。
「うん。あ、高校に上がってからの美咲ちゃんは、ますます強くなってるね。今日の稽古で投げられる時も、スルッて抜かれて僕自身の力ですっ飛んだ感じがしたよ」
「あはは、ありがとうね。お互いよく知った体だからね。優太君を投げるのは楽しいよ」
私は小林君を「ゆうたくん」と呼ぶ時に、ウキウキした気分になり機嫌が良くなってしまう。
「僕も美咲ちゃんを投げるのは楽しい。よく知った体だからね」
「あはは、大人が聞いたら驚く会話だね」
「美咲ちゃん、好きな人いる?」
「唐突だね。いるよ」
「いるんだ……」
「いるよ。すごく好きな人がいる。その人じゃなきゃダメなくらい好きな人がいる」
「……あのね、僕」
「優太君。優太君とはずいぶん長い付き合いだわ。私はこれからも合気道をやめる予定はない。だから優太君との付き合いもまだ続いていく。二人の関係が今と変わらなければね。これからも楽しい関係が続いていく。でも関係性が変わってしまえば投げたり投げられたりする関係も変わってしまう。これを前提に提示するわ。で、なに?」
私は話を遮って「釘」を打った。私ができるのはここまでだ。
「……今日の最後の四方投げ、今までで最高の出来だったね」
「ほんと?!基本は大事よね。優太君の隅落しも効いたよ。ちょっとは手加減しろよって感じ」
「美咲ちゃん、手加減すると怒るでしょ」
「そうね。ありがとうね」
優太君は頭が良くて良かった。私の意図を汲んでくれた。
翌週優太君は道場に来なかった。先生から親の都合で海外に引っ越したと聞いた。私は自意識過剰を元に、勝手に想像した最悪、つまり告白されて2人の長年の関係が壊れるのを防いだつもりになっていた。
だけど現実は私が想定できる範囲を超えたものだった。
勝手な憶測で立ちまわった挙句、もしかしたら長年の仲間であり同士としての、最後のお別れを言わせなかったのかもしれない。利己的で嫌になる。
今日は週に一度の合気道の稽古に来ている。母が勧めてきた空手は、試合があり自分から突きや蹴りの攻撃を仕掛ける。祖母が勧めてきた合気道は、原則試合は無く攻撃と防御の役割を順番に演じて稽古を続ける。祖母と母の性格の違いが見えて面白いと感じる。
私が合気道を選んだ理由の一つは、祖母の稽古を見ている時に「黒袴」がカッコイイと思ったからだ。空手では黒帯になるのだが、合気道では帯ではなく黒袴を着用する。祖母が黒袴を着て男性を投げ飛ばす姿が本当に格好良く見えた。空手は自分の力を相手にぶつける。合気道は相手の力で相手を投げ飛ばす。ちなみに父がやっていた柔道は、自分の力で相手を投げ飛ばす。なんとなくではなくちゃんと知ると、ぼんやり見ている時には見えないそれぞれの面白さが見えてくる。
私が通っている道場では15歳から段持ちになれるので、当然今の私は念願の黒袴を着て稽古をしている。
稽古が終わり道場の掃除をしていると、小学生の頃から一緒に練習してきた2歳年上の小林優太君が声をかけてきた。彼の事は昔からファーストネームで呼んでいるのだが、安田君へ恋したあたりから彼の名前を呼ぶのがちょっと嬉しく感じている。理由なく彼の株が上がっている。
「美咲ちゃん。このあとちょっと話があるんだけど……」
少し嫌な予感がした。告白は関係を壊してしまうから、言わないで欲しいな。でも小学生からの付き合いだし、いまさらそんな事もないか。自意識過剰かな。
「うん、わかった。掃除終わってからでいい?」
「できれば……ドトールでも行かない?」
「わかったよ」私の嫌な予感係数が一気に上がった。
私は生意気にも小学3年生くらいの頃からブラックコーヒーを愛飲している。母の影響だ。祖母は今でもコーヒーは下品だと言って紅茶しか飲まない。
「で、話ってなに?」私はコーヒーを飲みながら言った。
「うん。あ、高校に上がってからの美咲ちゃんは、ますます強くなってるね。今日の稽古で投げられる時も、スルッて抜かれて僕自身の力ですっ飛んだ感じがしたよ」
「あはは、ありがとうね。お互いよく知った体だからね。優太君を投げるのは楽しいよ」
私は小林君を「ゆうたくん」と呼ぶ時に、ウキウキした気分になり機嫌が良くなってしまう。
「僕も美咲ちゃんを投げるのは楽しい。よく知った体だからね」
「あはは、大人が聞いたら驚く会話だね」
「美咲ちゃん、好きな人いる?」
「唐突だね。いるよ」
「いるんだ……」
「いるよ。すごく好きな人がいる。その人じゃなきゃダメなくらい好きな人がいる」
「……あのね、僕」
「優太君。優太君とはずいぶん長い付き合いだわ。私はこれからも合気道をやめる予定はない。だから優太君との付き合いもまだ続いていく。二人の関係が今と変わらなければね。これからも楽しい関係が続いていく。でも関係性が変わってしまえば投げたり投げられたりする関係も変わってしまう。これを前提に提示するわ。で、なに?」
私は話を遮って「釘」を打った。私ができるのはここまでだ。
「……今日の最後の四方投げ、今までで最高の出来だったね」
「ほんと?!基本は大事よね。優太君の隅落しも効いたよ。ちょっとは手加減しろよって感じ」
「美咲ちゃん、手加減すると怒るでしょ」
「そうね。ありがとうね」
優太君は頭が良くて良かった。私の意図を汲んでくれた。
翌週優太君は道場に来なかった。先生から親の都合で海外に引っ越したと聞いた。私は自意識過剰を元に、勝手に想像した最悪、つまり告白されて2人の長年の関係が壊れるのを防いだつもりになっていた。
だけど現実は私が想定できる範囲を超えたものだった。
勝手な憶測で立ちまわった挙句、もしかしたら長年の仲間であり同士としての、最後のお別れを言わせなかったのかもしれない。利己的で嫌になる。