異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

13.今日から始める死にかけライフ☆

 ……

 ……ん

 ……ちゃん

「――シーナちゃんっ!!」

「ぱぇ?」

 今にも泣き出しそうな声が耳元で聞こえ、私はのろのろと目を開けた。
 途端に、私を覗き込んでいた誰かがハッと息を呑む。

「シーナちゃん!」

 震える手が、小さな聖獣に戻ってしまった私の体をそっとすくい上げる。その冷えきった体温に驚いて、私は慌てて寝ぼけ眼を見開いた。

「ぽえぇ?」

(え、カイルさん?)

 息遣いを感じるほどすぐ近くにあるのは、苦しげに歪んだカイルさんの顔。

 一体どうしたのかと、私は懸命に短い手を伸ばす。

「ぱえ、ぱぇあ、ぱぅ?」

「……っ。よかった。死んじゃったかと思ったよっ」

 もふもふな毛並みに額を当てて、カイルさんが心底安堵したように息を吐いた。その尋常じゃない様子に、私はおろおろと周囲を見回す。

「ゔおお~っ! ジ、ジーナ・ドゥーざまぁっ。よぐぞ、よぐぞご無事どぅえ~っ!」

「…………」

 変態神官キースさんが滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。……いや、だから一体何があったよ?

 てか一刀両断男は? とすがるように彼の姿を探せば、柱にもたれてじっとこちらを注視しているのに気がついた。
 細められた緋色の瞳はいつも通り切れ味鋭く、何の感情も映し出してはいない。慌てふためくカイルさんとキースさんとは雲泥の差だ。

「……ぱえ」

 私はカイルさんの手からするりと抜け出し、床に向かってジャンプする。一刀両断男に駆け寄ろうとする私を、カイルさんがすかさず引き止めた。

「シーナちゃんっ。駄目だよ、君はヴィクターの側にはっ」

「ぽえっ!」

 私ははっきりと首を横に振る。
 明確に示された拒絶に、カイルさんが驚愕したように凍りついた。

 その隙に、私は一刀両断男を目指して短い足で走り出す。
 ルーナさんの言う通り、呪いを解く鍵が彼にあるというのなら、私は決して聖堂に残るわけにはいかないのだ。

 一刀両断男は動かなかった。
 近づく私を無表情に見下ろし、足元に来たところで冷たく吐き捨てる。

「――死にたいのか」

「ぱええっ!」

 震えそうになる体を叱咤して、私は精いっぱい男を睨みつける。

 死にたいわけ、ないじゃない。
 せっかく助かった命だもん。大事にしたい、生き続けたい。

 けど、だけどね。

「ぱぇあ、ぽえ、ぽえぇっ!」

(人間に戻ることだって諦めたくないの! だからお願い、私をあなたの側に置いてよ!!)


 ヴィクター!!


「ぱぇぱぁー!!」

 初めて彼の名を呼んだ(いや『ぱぇぱぁー』になっちゃったけど)私を見て、ヴィクターはかすかに眉をひそめた。苦々しげにため息をついて、ふいと踵を返してしまう。

「ぱぇぱぁっ」

「キース。こいつを捕まえろ。いつまでもこんな毛玉に構っているほど俺は暇じゃない」

 冷え冷えとした声に毛並みが逆立った。
 けれど、聞き入れるつもりなんてさらさらない。「シーナ・ルー様っ」と伸びてきた手を華麗に避けて、だしだしと踏みつける。

「くうぅっ、なんとも素敵な肉球感ッ!!」

 もだえる変態に追加の一蹴りを入れて、私はヴィクターの足に飛びついた。

「……っ。離れろっ」

(イヤ! 絶対に放さない!)

 目をぎゅっとつぶって、死にものぐるいでズボンにしがみつく。ヴィクターの殺気が膨れあがるのを感じ、意志とは無関係に体がガタガタと震え出した。

 それでも、私は力をゆるめない。
 だってここで別れたら、ヴィクターはきっともう二度と私に会いにこない。そんなのごめんだ。絶対絶対、放してなんかやるもんか。

「……ヴィクター。もう、諦めなよ」

 不意に、疲れたような声が割って入った。

 はっとして振り向くと、青ざめたカイルさんがこちらに歩み寄ってくるところだった。

「カイル……?」

「もうわかってるだろ、ヴィクター。シーナちゃんはお前を必要としてる」

(そう、そうなのっ)

 カイルさん、ナイスアシスト!

 うんうんうんっと赤べこのように頷く私に、カイルさんは悲しげな微笑を向ける。

「この聖堂はシーナちゃんにとって恐ろしい場所なんだ。だってそうだろ? ここに置いていくって言った途端、死んだみたいに気絶したんだから」

(へ?)

「そ、そんな馬鹿なっ。言葉に気をつけなさい、カイル! 我らが月の聖堂は、シーナ・ルー様の主たる月の女神ルーナ様をお祀りする、この国で最も神聖な場でありっ」

 わめくキースさんを一顧だにせず、カイルさんが私の側にひざまずいた。
 うるんだ瞳で、じっと私を見つめる。

「隠さなくていいよ。そうなんだよね? シーナちゃん」

「……ぱ、ぱぇあっ!!」

 私は大慌てで頷いた。
 ヴィクターの射抜くような視線を感じつつ、ぱえぱえと何度も大きく返事をする。

(ありがと、カイルさん……!)

 私、別に聖堂が怖いわけじゃないんだけど。
 ここにいたら死ぬわけでもないんだけど。

 ――その勘違い、全力で乗っからせていただきますっ!!

 カイルさんがキッとヴィクターを見上げた。

「そうと決まれば、ヴィクターはシーナちゃんのために生き方を変える努力をするべきだ。いいか? 毎日朗らかに、明るく楽しく気分良く暮らすんだよ。口より先に手が出る悪癖は封印して、人から何かしてもらったら『ありがとう』、そんでもってその目つきの悪さもどうにかしないとな。つまりは、今日からお前が目指すべきは真人間だ!」

(……ん?)

 首をひねる私の横で、キースさんがはたと手を打った。

「そっ、それはいいっ! あ、いやコホン。……恐れながら、ヴィクター殿下」

 美しい銀髪をさらりと揺らし、真面目くさった表情で頭を下げる。

「先程は取り乱してしまい申し訳ございませんでした。いや、我ながら勘違いも甚だしかったです。シーナ・ルー様が殿下を望まれるというのなら、それを手助けするのが神官たるわたしの役目でしたのに」

「……おい」

「シーナ・ルー様のお世話、しかとお頼み申し上げます。もしシーナ・ルー様に害が及ぶようなことがあれば……、わかっておられますよね?」

 にやりと黒い笑みを浮かべた。
 ヴィクターの額に青筋が立つ。

「……貴様ら」

 ゆらりと殺気がほとばしり、大剣の柄に手を掛けた。ひえぇっ!

「ぱぺっ、ぱぺぺぺぺ」

「……っ」

 震え出した私を見て、ヴィクターがすぐさま手を放す。「ほら見ろ」と言わんばかりのカイルさんたちを睨みつけ、ヴィクターは重くため息をついた。

「……ならばせめて、カイルの元へ」

「ぱぅえ」

 やだ。
 ぶんぶんぶん。

「……俺の家には置いてやるから、お前の世話は使用人に」

 いーや。
 ぶんぶんぶん。

「クッ」

 ヴィクターが低くうなる。
 わくわくと彼の返事を待つ私たちを睨みつけ、そして――……

「……シーナ」

 とっても、ものすごく、心の底から嫌そうに私に手を差し伸べた。
 私はピンッと長いお耳を立てて、いそいそとその手に向かってジャンプする。着地した途端、荒っぽく手が持ち上げられた。ぎゃっ。

「……ふん」

 尻もちをついた私を、緋色の瞳が鋭く射抜く。
 上目遣いに見つめれば、ふわふわな額を指で弾かれた。

「シーナ」

「ぱぇぱぁっ」

 うん、これからよろしくっ!
 小動物の扱いはおいおい覚えていこうね!

 ヴィクターの肩に載った私に、カイルさんがいたずらっぽく片目をつぶる。キースさんも肩を震わせ、噴き出しそうなのをこらえていた。

(なーんか、体よく利用されちゃった気がしないでもないけど)

 ……ま、いっか!

 ふっさりしっぽを二人に振って、ヴィクターの頭によじ登る。うむ、絶景かな絶景かな。

「ぱえ、ぱえぇ~ぃっ!」


 ――こうして、私の綱渡りな異世界死にかけライフが幕を開けたのである。まる。
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