異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

18.三度目の正直!……からの

 チュンッ。

 鳥が一声鳴いたその瞬間、私はカッと目を見開いた。

(――ようし、朝だ。朝が来たっ!)

 ロッテンマイヤーさん渾身の作の巣箱から、勢いをつけて起き上がる。途端にやわらかなクッションに足を取られ、ぽふっと頭から転んでしまった。

「ぽぇ~」

(うう、足場悪いなぁ)

 ため息をつき、再チャレンジ。今度はなんとか脱出に成功する。

 木箱の中には肌触り最高な毛布が幾重にも敷き詰められ、その上には小さなハートクッションが大量に。色は赤にピンクに白と、なかなかに可愛らしい寝床だった。

(寝心地はヴィクターのベッドにも負けないぐらい良かったけどね……)

 それにしたって、ちょっと乙女チックすぎやしませんか?

 こんなファンシーなミニミニクッション、ロッテンマイヤーさんもどこで入手してきたのやら。人間用としては明らかに小さすぎるし、もしかしたら人形用かな?

 ヴィクターもちょうど起きたところだった。「おはよう」も言わずにさっさと着替え始めたので、私は速やかに下を向いて目を逸らす。
 覗きは犯罪です。今は人間じゃないとはいえ、節度を守った行動を。


 ――パタンッ


「ぱええっ!?」

 ドアの閉まる音に驚き、私は大慌てで顔を上げる。
 が、時すでに遅かった。ヴィクターの姿はどこにもない。

(嘘でしょ!? せっかく早起きできたのにっ)

 ドアに突進してドアノブに飛びつこうとするけれど、もちろん全く届かなかった。爪でかしかしとドアを引っ掻く。

「ぱぇぱぁ、ぱぇぱぁー」

 かしかし。かしかし。

「ぱぇぱぁー、ぱぇぱぁぁぁぁ」

 かしかしかし、かしかしかしっ。

「ぱ……ぱぇっ、ぱぇ、ぱぇぱぁぁぁぁぁぁっ」

「――えぇいしつこいっ!」

 バァンッと高らかにドアが開け放たれた。うおおお、ぱぇぱぁ! じゃなくてヴィクターーー!!

 ひっしと足に抱きつく私を邪険につかみ上げ、ヴィクターは荒々しく歩き出す。どうやら朝食に向かうらしい。

 いつもは肩に載せてくれるのに、今日の彼は苛ついた様子で私を胸ポケットに突っ込んだ。あらラッキー。

(このままじっとしていようっと)

 朝食を食べている間死んだように動かなければ、ヴィクターも私の存在を忘れてくれるかもしれない。そしてそのまま私を職場に連れていってくれるはず!

 幸い、朝から不機嫌なヴィクターにあてられて意識が遠くなりかけている。
 本能に身をゆだね、私はゆっくりと目をつぶった。いや死なないよ? 眠るだけだよ。永遠の眠りじゃなくって、本当にちょっとだけ――……

「おはようございます、旦那様」

 ああ、遠くからロッテンマイヤーさんの声が……。

「あ、おはよーヴィクター」

「おはようございます、ヴィクター殿下」

 ……んん?

 聞き覚えのある声に、私は必死で目をこじ開ける。
 よろよろとポケットから顔を出した瞬間、ヴィクターに首根っこを引っつかまれた。

「ぽええっ?」

「……お前達。朝から一体何の用だ」

 苦々しく問い掛けながら、私をぽいと放る。おいいいっ!?

 衝撃を覚悟して目をつぶったが、誰かが私の体をやわらかく受け止めてくれた。ぽかんと見上げると、カイルさんが優しく私を覗き込んでいる。

「ぱえ……っ」

「おはよう、シーナちゃん。……こら、ヴィクター。扱い荒すぎるぞ」

 しかめっ面でたしなめてくれる横から、「まったくですっ」と憤った声が聞こえた。

「シーナ・ルー様になんたる無礼な! その上、なぜカイルに託すのですかっ。ここはどう考えても、シーナ・ルー様の下僕たるわたしを選ぶ場面でしょう!」

「キース。論点ずれてるよ」

「おや、失敬」

 コホンと空咳して席に座る。

 私はまじまじと二人を見比べた。ほんの数日ぶりのはずなのに、なぜだかひどく懐かしい。
 嬉しくなって、しっぽが勝手にぱたぱたと揺れた。

「シーナ様、本日はお早いのですね。すぐに朝食をご用意いたしますわ」

 ロッテンマイヤーさんが一礼して下がり、給仕さんが先にヴィクターたちの朝食を並べていく。

「ごめん、シーナちゃん。出勤時間が迫ってるから、オレたちは先に食べさせてもらうね」

 カイルさんがすまなそうに手を合わせる隣で、キースさんは手を組んでぶつぶつと何事か呟いている。おお、これって食前のお祈りってやつですか?

 対してヴィクターは「いただきます」も言わず、不機嫌そうにナイフとフォークを取った。無言で食べ始めるのに、カイルさんが困ったように肩をすくめる。

「朝っぱらから押しかけて悪かったって。でもさ、仕事帰りに付いていこうとしても速攻で拒否されるから、仕方ないだろ」

 オレだってシーナちゃんに会いたいし、とにっこり付け足した。いや照れるね!

「僭越ながらシーナ・ルー様、もちろんこのわたしもですっ。神官長様よりこちらの屋敷に日参する許可をいただきましたので、これから毎日お会いできますよ!」

 キースさんが身を乗り出して主張する。いや先に家主の許可を取ろうぜ……。

 あきれつつカイルさんの手からテーブルに飛び降りて、向かいに座るヴィクターを窺った。
 さて今日の朝食は……パンにカリカリベーコンとポーチドエッグが載っていて、つややかな黄色いソースがかかってる。おお、これぞ異世界版エッグベネディクト!

 今日もヴィクターから一口もらおう、とうきうき駆け出した瞬間、ヴィクターがすうっとこちらを見た。殺気立った一瞥に、つんのめるように足が止まる。

「ぴ、ぴぇ……っ」

 途端に体が震え出し、心まで急激に冷えていく。

「ちょ、ちょっとヴィクター。いきなりどうしたんだよ?」

「…………」

 驚くカイルさんに何も答えず、ヴィクターは黙々と朝食を平らげる。あっという間にお皿を空にすると、無言で立ち上がった。

「ヴィクター殿下!?」

「……そいつはさっき、また死にかけた」

 地を這うような低い声でうなる。

 絶句するカイルさんとキースさんを睨み据え、ヴィクターはさっさとテーブルから離れた。

「だから俺に近付くなと言ったんだ。――ロッテンマイヤー。今日中にその毛玉を、俺の視界に入らん別の部屋へ移しておけ」

 舌打ちとともに吐き捨てて、そのまま振り返りもせずに行ってしまった。
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