異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

23.シーナ・ルーの眼

 え?
 それってどういう意味?

(私が……選んだ?)

 わけがわからず、目を丸くしてルーナさんを見る。
 ルーナさんは私の膝から一匹シーナちゃんをすくい上げると、意味ありげに微笑した。

「わたくしはね、あくまで『この世界の生き物となれ』とあなたに呪いをかけただけなのよ。それなのに、あなたは犬や猫といった当たり前の動物じゃなく、血に飢えた魔獣でもなく、わたくしの愛しの聖獣シーナ・ルーの姿に変身した。これはね、シーナ。あなた自身がその姿を選び取ったからに他ならないわ」

「え。で、でも……」

 私はこちらの世界の人間じゃないから、聖獣シーナ・ルーなんて見たことも聞いたこともない。
 だからもちろん、シーナちゃんに変身したのは私の意志じゃない。

 目を白黒させつつそう訴える。
 けれどルーナさんは楽しそうな様子を崩さず、手のひらのシーナちゃんに口づけを落とした。シーナちゃんが「ぱうぅ~」とくすぐったそうにふるふる揺れる。

「ならばきっと、本能があなたを突き動かしたのね。それか、あなた自身が月との縁が深いのか……」

「月との縁?」

 ふわふわの毛を撫でながら、ルーナさんが事もなげに頷いた。

「ええ。何と言っても、名前が『シーナ』というぐらいですものね」

 あっ!!

(そうだ、名前――……!)

「ルーナさんっ。実は私の名前、椎名(しいな)深月(みつき)っていうんです! シーナが苗字で、ミツキが名前っ」

 飛びつくようにしてルーナさんに説明する。
 そうだ、私の名前には『月』が付くじゃない。

 小学生の夏休み、「自分の名前の由来を調べてみよう」という宿題が出たことがあった。意気揚々とお母さんにインタビューしてみると、なぜかお母さんはバツが悪そうに苦笑したんだっけ。

『それがねぇ、あんたが生まれた夜の月がとっても綺麗だったから、お父さんが勢いで付けちゃったのよ。まあ、お母さんもいいかなって。ミツキって響きが可愛いと思ったし』

『そっかぁ! すっごくキレーな満月だったんだね?』

 夜空にくっきり輝く、大きなまんまる満月を想像してしまう。
 けれども母は、無情にもきっぱりと首を横に振った。

『ううん、ぜんっぜん。綺麗は綺麗だったけど、満月にはかなり大分惜しい半月強』

『…………』

『しかもお父さんってば、最初は()月にしようって言ったのよ。お母さん必死で止めたわ。美しい、だなんて付けて、名前負けしたらどうするの?って。いやぁ、我ながらいい仕事したわぁ』

 どーいう意味やねんっ!!

 芸人さながらに突っ込む、幼き日の私であった。

 思い出して笑いつつ怒りつつルーナさんに説明すると、ルーナさんは微笑んで耳を傾けてくれた。つと手を伸ばし、私の頭を優しく撫でる。

「そう、月を意味する名前をもらったのね。……ご両親に感謝なさいな、シーナ。名付けというのはその者に強い力を与える祝福なのよ。ミツキという名があったからこそ、あなたはシーナ・ルーになれたのね」

「あ……っ」

 途端に唇がわなないて、目頭がカッと熱くなる。
 慌てて下を向くが、間に合わずに涙がこぼれ落ちた。膝に座るシーナちゃんたちが不思議そうに顔を上げる。

「ぱえ?」
「ぽええ~?」

(お父さん、お母さん……!)

 嗚咽が漏れないよう、きつく唇を噛み締めた。膝を握る手が震える。

 椎名という苗字のお陰で、私はルーナさんに助けてもらえた。
 深月という名前のお陰で、私はシーナちゃんに変身して生き延びることができた。私、ずっと守られてたんだ。

「ぱぇあっ!」
「ぽえ、ぽえぇ~っ!」

 頭上から突然降り出した雨への抗議だろうか、シーナちゃんたちが大騒ぎする。短い足で懸命に背伸びする彼らに噴き出して、私はしゃんと顔を上げた。

 じっと私を見守るルーナさんに、涙をはらって笑顔を向ける。

「ということは、私が今生きてるのは両親とルーナさんのお陰ってことですね。……これは、ますます死ねなくなっちゃった!」

「その意気よ、シーナ」

 ルーナさんもくすりと笑った。
 身を乗り出して、手のひらのシーナちゃんを私の肩にそうっと載せてくれる。涙の跡が残る頬に、シーナちゃんがすりすりと身を寄せた。

(くすぐったい……)

 うん、大丈夫。
 私はまだまだ頑張れる。

「ルーナさん。魔素への耐性のつけ方を、私に教えてください」

 改めてルーナさんに向き合えば、ルーナさんも姿勢を正して頷いた。いつになく真剣なその様子に、私は固唾を呑んで答えを待つ。

「緋の王子に四六時中張り付きなさい」

「…………」

 それ、もう聞いた。

 ガクッと肩を落とす私に、ルーナさんはころころと笑う。

「ごめんね、シーナ。でも本当に、今はそれしかできることがないの。――だって今のあなたには、まだ何も見えていないのでしょう?」

「へ……?」

 ルーナさんは軽やかに立ち上がると、座ったままの私に手を差し伸べた。
 何事か察したのか、私の膝のシーナちゃんたちが、ぽふんぽふんと花畑に飛び降りていく。

「見えるようになれば次の段階に進めるわ。いいこと、シーナ? 元が人間であれ、今のあなたは紛れもなく聖獣シーナ・ルーなの。人としての目で見るのではなく、シーナ・ルーの(まなこ)を見開きなさいな」

「え? え?」

「緋の王子を見るのよ。そして決して離れないで」

 ぐいっと腕を引かれ、突然肩を突き飛ばされた。以前と同じように、私の体が宙に浮く。

「ル、ルーナさっ」

「頑張ってねぇ、シーナぁ~」

 ルーナさんの声が小さくなっていく。
 ぐんぐん、ぐんぐん。私は闇の底へと落ちていった。
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