異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

29.不可思議な炎

「シーナ、お前は留守番だ」

「ぱ、ぱえぇっ!」

 大剣を手にしたヴィクターから冷たく告げられ、私は激しく首を横に振った。

 わかってる。私がついて行っても足手まといにしかならない……どころか、魔獣への恐怖でまた死にかける可能性だってあることは。
 この世界で最初に遭遇した熊モドキの姿を思い出し、すうっと背筋が冷えていく。

(……だけど)

 これからずっとヴィクターの側にいるつもりなら、彼が普段どんな仕事をしているのか知っておきたい。どれだけ危険な日々を送っているのか、理解しておかなければならないと思うのだ。

(私だけ、安穏と隠れてはいられない!)

 無意識に逃げ出しそうになる足に力を入れて、ぐぎぎと踏ん張る。挑むようにヴィクターを睨みつければ、彼は苦々しくため息をついた。

「……押し問答をしている時間は無い。キース!」

 私の頭越しに叫び、キースさんが「はい」と冷静に返事をする。

「シーナが来るのなら、どうせお前も供をするつもりだろう」

「無論。シーナ・ルー様のことはわたしにお任せください。命に替えてもお守りすると誓いましょう」

 静かながら、揺るぎのない声音で宣言した。
 圧倒されて固まる私を引っつかみ、ヴィクターは荒々しく歩き出す。カイルさんもすかさず後に続いた。

「――行くぞ!」


 ◇


 騎士団の本部らしき建物から出たヴィクターたちは、準備されていた馬にひらりと跨った。騎士であるカイルさんだけでなく、キースさんも当然の顔をして、見事に馬を駆って並走する。

 ヴィクターの胸ポケットに入れられてしまった私は、必死に背伸びをして顔だけ出した。雨はさっきよりは弱くなっていたものの、それでもしとしとと私たちを濡らしていく。

 体が激しく震えるのは、恐怖のせいなのか寒さのせいなのか。自分でもわからないけれど、逃げるつもりなんてさらさらなかった。

 舗装された石畳の道路を疾走し、街の入口らしき大きな門をくぐって外に出る。

「――いたっ!!」

 カイルさんが鋭く叫んだ。
 はっとして前方を見ると、警備兵らしき男たちの後ろ姿が見えた。皆武器を構えてはいるものの、明らかに及び腰になっている。

「キース、シーナを!」

「ぱぅええっ!?」

 突然ヴィクターに体をつかまれ、ぽーんと後方に放られる。しかしその狙いは正確で、私は無事にキースさんの手で受け止められた。

「ぱ、ぱぺ。ぱぺぺっぺぇ」

「シーナ・ルー様、お気を確かに! ヴィクター殿下は後でしっかりお説教しておきますのでっ」

 ガタガタ震える私を、キースさんが一生懸命に撫でてくれる。ああああの男、後で絶対一発殴る……!

 鼻息荒く決意する私をよそに、ヴィクターと、後ろに続くカイルさんも剣を抜き放つ。馬の速度がぐんっと早くなり、流れに乗るようにしてヴィクターが無造作に大剣を振った。

『グギャッ!』

「……っ!」

 金属音が混じったような不快な悲鳴が聞こえ、私は思わず耳を押さえる。
 恐る恐る前方を確認すると、真っ黒な狼らしき獣が幾頭も集まっていた。今ヴィクターにやられた狼は街道に倒れていたが、ざっと見た限り残り五頭はいる。

 狼たちは怒りのうなり声を発すると、姿勢を低くして攻撃態勢に移った。

「ぱぇぱぁー!」

(ヴィクター!)

 カイルさんは後方支援要員なのか、動かない。
 ヴィクターだけが臆することなく前に出る。

 凄まじいスピードで飛び出した狼が、ぐわっと大きく口を開いた。みしみしと口角が裂け、顔のほとんどが鋭い牙の生えた口だけになる。

(ひ……っ)

 恐怖に喉がひりつく。
 キースさんが私を抱く手に力を込めた。

「――はッ!」

 短く気合いを発し、ヴィクターが動いた。
 熊モドキを倒したときと同じように、狼の首が一刀両断されて宙を飛ぶ。

(な、なんて怪力……!)

 続く狼たちも難なく打ち倒していく。

 恐ろしくてたまらないのに、ヴィクターの洗練された動きから目が離せない。おかしいな、ホラー映画もスプラッタ映画も苦手だったはずなのに……。

 現実感が薄くなり、私はぼんやりとヴィクターの姿を目で追った。冷たい雨に打たれ、体の芯がしびれていく。

 ヴィクターも、寒くないかな。ううん、きっと大丈夫だよね。だってヴィクターは、あんなにも……。


 あんなにも?


「……ぱえっ?」

 不意に、私は目を見開いた。
 ぱちぱちと瞬きして、息を詰めて目を凝らす。

「シーナ・ルー様?」

 キースさんが怪訝そうに私を見下ろしたが、私は彼に答える余裕はなかった。ヴィクターの体から、真っ赤な炎が立ち昇っているのが見えたから。

(え、え? どうして? 燃えてるわけじゃない、よね?)

 ……だってあれは、本物の炎じゃない。
 真っ赤に光って揺らめいて、けれど服は燃えていないし、後ろの風景が薄く透けて見えている。瞬きすら忘れて幻想的な光景に見入った。

(あっ……!)

 よく見たら、あの狼の魔獣も炎をまとってる。ヴィクターみたいに綺麗な赤じゃなくて、禍々しく赤黒い炎。

 せわしなく首をひねって見渡せば、地に倒れた狼には何も見えなかった。これって一体どういうこと?
 茫然と固まっていると、突然キースさんが悲鳴を上げた。

「カイル!」

(え!?)

 はっとして意識をこの場に戻す。
 ヴィクターの大剣をすり抜けた狼が、鋭い牙を剥き出しにカイルさんに襲いかかった。
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