異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

38.一歩、遅かったです

「ぱえぇ~っ」

(到着!)

 遠回りしたものの、私たちはようやく祭壇の間にたどり着いた。
 頭上にはステンドグラスが神々しく輝いていて、私はほうっと感嘆のため息を漏らしてしまう。本当に綺麗だなぁ、何時間だって眺めていられそう。

「さあ、どうぞ。シーナ・ルー様」

 キースさんがうやうやしく長椅子をすすめてくれた。
 ヴィクターの肩から降りて、長椅子に背中を預けて深く座り込む。や、これからまた天上世界に呼んでもらう気満々だからね。突然気を失って、転んだりしないよう気をつけないと。

 慎重にポジションを確認し、立ったまま私を見守るヴィクターとキースさんに頷きかけた。深呼吸してから、ぎゅっと目を閉じる。

(ルーナさん。シーナです、会いに来ました。お願いします、どうか私を天上世界に……)


 ――は、あ、い~


 速攻で間延びした返事が聞こえた。早っ!?

 慌てて目を開くと、そこはもう祭壇の間ではなかった。私もしっかり人間に戻ってる。
 目の前に広がるのは眩しいほどの光、そして一面の花畑。足元には大量のたんぽぽの綿毛――ではなく、いつものシーナちゃん軍団が出迎えてくれている。
 シーナちゃんたちはぱえぱえ鳴きながら、我先にと私の足に飛びついてきた。

「ぱえ~っ」
「ぽえぇ~っ」

「は、はいはいっ。抱っこかな?」

 とはいっても、全員いっぺんには無理だ。
 左右の肩に一匹ずつ、頭の上にも一匹載せてっと。残りはがさっと豪快にすくい上げ、腕いっぱいにもふもふシーナちゃんを抱え込む。

「ル、ルーナさん。こんにち」
「ぱぇあぁ~」
「えと、今日は、あの」
「ぷぇっぽぉ~」

 ごめん君たち可愛いけど黙ってて!?

 しかめっ面を作って「しぃーっ」と言い聞かせると、シーナちゃん軍団も「ぷぅーっ」と一斉に唱和した。伝わってんのかなコレ。

 首をひねりつつ、改めてルーナさんに向き直る。

「こんにちは。今日はその、経過報告と言うか、いろいろお願いしたいことがあって来たというか。あっ、というのもですね、私昨日人間に戻って、少しだけヴィクターたちと会話ができたんですけど」

 急き立てられるように、早口でまくし立ててしまう。

 天上世界に来るのはこれで三度目。けれどいつも滞在時間は短くて、私は内心すごく焦っていた。

「えと、それでずうずうしいお願いなんですけど、こっちの世界の文字も読めるようにしてもらえればなって。あっ! あとあと、人間に戻ったときに着てる服っ。あれってもう少し、地味な感じになりませんかね?」

 いや服の優先順位は低いだろ、と冷静な自分が突っ込みを入れるものの、頭の中は支離滅裂。
 鼻息荒く詰め寄る私に、ルーナさんはいつも通りおっとりと微笑んだ。

「嫌よぅ。だってわたくしってば長身美女なんだもの。ああいう短いドレスはね、シーナみたいに小柄な子の方がよく似合うのよ。着たくとも着られないわたくしの欲望を、シーナを着せ替え人形にすることによって昇華しているの」

「そ、そうなんですね。じゃあ代わりに文字を」

「次はねぇ、もっと軽やかで生地の薄いドレスにしてみようかしら。うふふ、背中はむき出しにして、色気をアピールしてみてもいいかもしれないわ」

「色気皆無だからやめて!? 悪化するぐらいなら今のドレスのままでいいですー!!」

 大絶叫する私に、シーナちゃんたちはあからさまに迷惑顔をする。
 さっきは抱っこしろとねだったくせに、今度は暴れて降ろせ降ろせと訴えた。はいはいっ。

 ぽふぽふとシーナちゃんたちを解き放ち、ルーナさんにすがりつく。

「絶対やめてくださいね!? 私は露出少なめが好きなんです!」

「わたくしは多めが好きなのよぅ。……ところで、シーナ。こうしている間にも刻々と時間が過ぎていくのだけど、いいのかしらぁ」

「よくない、よくないっ!」

 力いっぱいかぶりを振る私に、ルーナさんが「はい深呼吸~」と助言してくれる。すーはー、すーはー。

 よし、と己に言い聞かせ、話を戻す。

「それで、ルーナさん。異世界の文字をですね」

「そうだわ、シーナ。あなたつい最近、シーナ・ルーの眼を使うことに成功したんじゃなくって? 天上世界のシーナ・ルーたちが感じ取ったのか、飛び跳ねて大はしゃぎしていたわ」

 えっ!?

(シーナ・ルーの、眼……?)

 そういえば、そんな話もあったような。
 人としての目で見るのではなく、シーナ・ルーの眼を見開きなさい、とかなんとか。

(でも……)

 私、何か見たっけ?

 眉間にシワを寄せて考え込む私を見て、ルーナさんはくすりと笑った。ほっそりした腕を伸ばし、私の額を優しくくすぐる。

「ちゃんと見たはずよ。人の目には映らない、魔力の源。――そう、魔素の流れを」

「魔、素……?」

 そうだ。
 私ははっと目を見開いた。

「ルーナさんっ。一度だけですけど、ヴィクターの周りに真っ赤で透明な炎が見えたんです! それから魔獣には黒い炎……ううん、あれは、生きている魔獣にだけだった。死体には、何にも見えなくって」

「そうね。それこそが魔素よ。全ての魔獣に魔素は宿っているけれど、命が尽きれば魔素もまた跡形もなく消え去るわ」

 あれが魔素……。
 そして、魔素を映すシーナ・ルーの眼。

 茫然と立ち尽くす私を、ルーナさんはいつになく真剣な表情で見つめる。私の手を取り、両手できつく握り締めた。

「魔素を見るのよ、シーナ。意識を傾けて、シーナ・ルーの眼を自由自在に扱えるようになりなさいな。幸い練習相手ならば、あなたのすぐ側にいるでしょう?」

 練習相手……。
 それってヴィクターのこと?

 ためらいながら確かめると、ルーナさんは大きく頷いた。

「そうよ。けれどねシーナ、どうか約束してちょうだい。魔素のことは緋の王子にも、その仲間たちにも絶対にしゃべっては駄目。今の世の人間はね、魔素の存在そのものを知らないし、知る必要もないのだから」

「…………」

 なんて?
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