異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

39.無理難題じゃないですか!?

「あのぅ、ルーナさん……」

 私は恐る恐る挙手をして、上目遣いにルーナさんを窺う。

「残念ながら、もう手遅れです……。魔素のこと、ヴィクターたちにしゃべっちゃいました……」

「…………」

 ささやくようにして白状すると、ルーナさんは表情を凍りつかせた。
 目を大きく見開いて私を見つめ、足をふらつかせる。「ぺしゃっ」と音がしそうなほど一気に崩れ落ちた。ああっ?

「ルーナさん! ごごご、ごめんなさい! 私ってば確かめもせずに勝手にっ」

 もはや完全に軟体動物。
 ぺしゃんこルーナさんを慌てふためいて助け起こせば、彼女は虚ろな目で私を眺めた。

「いいえ。シーナのせいじゃ、ないわ……。わたくしが、口止めするのをすっかり忘れていたせいだもの。……ああ、本当に」

 両手で顔を覆い、わっと泣き伏した。

「わたくしの粗忽者ー! 約束を、破ってしまったわ。うんざりするぐらい長い間ずっと、律儀に守り続けてきたっていうのに!」

(約束……?)

 一体、誰との?

 ルーナさんの背中を撫でてなだめながら、私はこっそり首をひねった。神様と約束するってことは、相手は人間じゃなくて同じ神様仲間とかかな?

 花畑に座り込んだルーナさんは、まるで迷子の子供みたいにすすり泣く。
 シーナちゃん軍団がわらわらと群がってきて、私を「メッ」と叱りつけるように顔をくしゃくしゃにした。別のシーナちゃんからは、もふっとジャンプで頭突きされる。痛くないぞ。

「ルーナさん、本当にごめんなさい。ヴィクターたちには私から、くれぐれも口外しないよう頼んでおきますから」

 ぽえぽえ抗議するシーナちゃんを押さえつつ、ルーナさんに申し訳なく頭を下げた。
 ルーナさんは頼りなく瞳を揺らす。

「そう、そうね……。まだ、魔素の存在を知られただけだもの……。きっとまだ、間に合うわ。食い止められるはず……」

「……? ルーナさん?」

 小さな呟きは、どうやら独り言のようだった。
 その意味を問うより早く、ルーナさんは唐突に立ち上がる。シーナちゃん軍団が大喜びではやし立てた。

「ぱぇっぽぉ~!」
「ぽぇあ~っ」

「ありがとう、あなた達」

 ルーナさんは嫣然と微笑むと、輝く黄金の髪をはらった。ぽかんとする私を見下ろし、すっと手のひらを差し伸べる。

「シーナ。お願いがあるの」

「……な、なんですか?」

 さっきまでとは真逆に、今度は私がおどおどしてしまう。ルーナさんはそんな私から目を逸らさず、低く声を落とした。

「大切な大切なお願いよ。あなたにしか頼めないこと。あなただけが為しうること」

「私、だけが……?」

 ルーナさんの気迫に押され、伸ばしかけた手を引っ込める。
 けれど「逃さない」というように、ルーナさんは無理やり私の手をつかんだ。

「魔素を見るのよ、シーナ。シーナ・ルーの能力を最大限に活かし、魔素の流れを五感全てを使って感じ取るの。あなたの呪いを解くためだけじゃなく――……この世界の平和を存続させていく。そのためにこそ、ね」

「…………」

 へ?

 私は目を白黒させてしまう。

(いや、世界平和って……)

 なんでいきなり、そんなスケールの大きな話になってるの?

 話の展開に全然付いていけてない。
 唖然とするばかりの私を、ルーナさんはきつく睨み据えた。

「臆しては駄目よ、シーナ。これは結果的に、緋の王子を救うことにも繋がるのだから」

「え……。ヴィクター、を?」

 私ははっと息を呑む。救う?……ヴィクターを?

 一体どういう意味だろう。
 ヴィクターには救いが必要ということ? 彼もまた、私みたいに助けを求めているのだろうか。

(あんなに、強いのに……?)

 素直に頷けず、うつむいて考え込んだ。
 きっと怖い顔になっていたのだろう、足元のシーナちゃん軍団が、今度は私を心配してぱえぱえ大合唱を始めた。

「ご、ごめんね。何でもないの」

「シーナ。そろそろ時間だわ」

 ぴしゃりと告げると、ルーナさんはどこか遠くを見るような表情になる。

「いいこと? 魔素は、魔力の源なの。そして魔力は、魔法を使うための動力源となるわ」

「え? それって」

 唇に人差し指が優しく触れた。
 口を開きかけた私を、ルーナさんが制したのだ。

 ルーナさんは頬をゆるめると、わざとらしく肩をすくめて後ろを向いてしまう。

「ああ、そういえばシーナったらさっき、文字が読めるようになりたい~だなんて言っていたっけ。……そうねぇ。わたくしに魔法を使ってほしいのなら、そのための材料ぐらい、シーナが自分で集めてこなくっちゃあ。ね?」

「ル、ルーナさん?」

 ルーナさんはそのまますたすた歩き出した。シーナちゃんたちもその背中を追って跳ねていく。

 ひとり花畑に取り残され、私はやっと我に返った。

「ルーナさん! それってつまり、私に」

 突然ぽっかりと足元に穴が開く。あああ、今日もまた暗闇スカイダイビング!?

 一瞬にして美しい天上世界が遠ざかる。
 深く深く落ちていきながら、私は懸命に手を伸ばした。最後に確かめたいのに、言葉は真っ暗な穴に吸い込まれて消えていく。

(……それって、つまり私にっ)

「魔素を集めてこいって言ってるんですかぁぁぁぁーーーっ!?」

 見えもしないものを。つかみどころのない透明な炎を。


 ――一体全体、どうやって!?
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