異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

45.一夜明けまして

 少しまどろんだだけのつもりだったのに、目を開けたらもう朝になっていた。
 驚きつつも起き上がると、そこはいつも通りヴィクターのベッドの上。隣には背中を向けて横たわるヴィクターの姿もある。

 まだ寝てるのかな?と、ころころ彼の側へ転がっていく。

「…………」

 あったかい。

 背中にもふっとおでこをくっつければ、彼の体温が伝わってきた。寝息はとても安らかだ。
 昨夜は私が人間に戻っている間、ヴィクターはずっと外に出ていてくれた。寒くはなかったかな、と今さらながら心配になってしまう。

(ごめんね……)

 心の中でそっと謝って、もう一度目をつぶる。規則正しいヴィクターの呼吸につられ、あくびが漏れた。

「ぷあぁ……っ」

「……起きたのか」

 低いかすれ声が聞こえ、私はどきっとして身じろぎする。
 くっついていたのがバレたら恥ずかしい。電光石火の早業で体を離したのに、すかさず伸びてきた大きな手が私を包み込んだ。

「ぱぅっ?」

「……無駄に体温が高いな。子供か、お前は」

 寝返りを打ったヴィクターの胸に引き寄せられる。
 優しく抱き締めながらけなされて、条件反射で口を尖らせた。何よ、ヴィクターだって人のこと言えないくせに。

(あなただって、充分あったかいじゃない)

 手の中で身をよじり、胸にぐりぐりと頭突きをしてやる。くすぐったかったのか、ヴィクターがこもった笑い声を立てた。……あれ?

(怒って、ないの?)

 せっかく助けてあげた相手から、自分だけ()け者にされたのに。普通だったら気を悪くして当然……っていうか、「もう知らん」って見捨てられたって仕方ないって思ってたのに。

 もじもじと手を合わせ、ヴィクターを見上げる。

「ぱ、ぱぇぱぁ。ぱぅえ……?」

「耐えろ。朝食にはまだ早い」

 ごはんねだったわけじゃないよ!

 とんだ濡れ衣に頬をふくらませる。
 ヴィクターは目を細めて私を見ると、なだめるように背中を撫でてくれた。大きな手が温かくて、私はうっとりと身をゆだねる。

 そのまま二人して二度寝に突入。
 仕事に行かなくていいのかな、なんて疑問に思いながらも、この上なく幸せな睡魔には抗えなかった。


 ◇


「ぽえ?」

(え? そうなの?)

 食堂にて。

 今日は休みだ、と唐突にヴィクターから宣言されて、私は目を丸くする。
 ヴィクターは言葉少なに「ああ」と頷くと、パンをちぎって私の口元にあてがった。無意識にかぶりつき、首をひねって考え込む。

(そっか、お休みかぁ。……ん? そういえばヴィクターって、お休みの日はいつも何してるのかな?)

 使用人さんのいる優雅な生活だから、家事はしなくていいとして。

 パジャマで自堕落にごろごろだらだら……は、ヴィクターっぽくないよね。もちろん私は大好きですけども。
 なら友達や恋人とキャッキャウフフとお買い物、もしくはおしゃれカフェでランチとか? それとも仲間内で集まってにぎやかに飲み会?……や、どれも絶対に違うな。うん。

 あっじゃあじゃあ、一日中一人でむすっと不機嫌に壁を睨んでるとか!? おお、これならイメージぴったりだ!

 ビシッ。

「ぱぅえぇっ」

(あいたぁっ)

 ぷぷぷぷぅと含み笑いする私を、いきなりのデコピンが襲いかかった。
 額を押さえて恨みがましく見上げれば、「なんとなくムカついた」と淡々と返された。チッ、勘のいい男は嫌いだよ。

 むくれる私をつつき、ヴィクターは今度はフォークに刺したソーセージを差し出してくれる。歯を立てるとじゅわっと油がしみ出して、美味しさにぱたぱたとしっぽが揺れた。

「……どこか、行きたいところはあるか」

 ぼそっと問い掛けられ、一瞬思考が停止する。ん、なんて?

「ぱえ?」

「大人しく隠れていると約束するならば、王都を一周りしてやってもいい。俺が……、案内してやらない、事もない」

 怒ったみたいに顔を背けた。えっ、えっ、ホントに!?

「ぱうっ! ぱえぱえぱえ、ぱうっ!」

(する! 約束するするっ!)

 勢い込んで身を乗り出すと、ヴィクターはこちらを見ないまま小さく首肯した。静かにナイフとフォークを置き、立ち上がる。

「準備する。お前はここで待っていろ」

「ぱえぇ~!」

(はーい!)

 しっぽを一振りして見送った。
 残りの料理をせっせと平らげていると、無言で後ろに控えていたロッテンマイヤーさんが、すうっと私に身を寄せてきた。

「……シーナ様。カイルより、伝言をお預かりしております」

 カイルさん?

 食べる手を休め、きょとんと彼女を見上げる。
 ロッテンマイヤーさんは神経質に眼鏡を上げると、重々しく頷いた。

「そのまま申し伝えます。――シーナちゃん。例の件、ヴィクターには上手く誤魔化しといたから安心して。次の討伐には付いてきていいし、ヴィクターも決して無茶はしないはずだよ。――だ、そうです」

 何のことやら、わたくしには意味がわかりかねますが。

 眉をひそめるロッテンマイヤーさんを置いて、私は喜びにぴょんと飛び上がる。おおお、グッジョブですカイルさん!

(よかった、これで一安心だね!)

 ロッテンマイヤーさんに身振り手振りでお礼を伝え、胸を撫で下ろした。

 魔素が自在に見えるようになれば、次の段階に進めるはずだ。ルーナさんの言っていた「魔力の動力源となる魔素を集めろ」ミッションは、まだどうすれば遂行できるのか皆目見当もつかない……けれど。

(うん、弱気は禁物っ!)

 とにかく今は行動あるのみだ。

 最後の一口をほおばって、元気良く立ち上がる。
 ロッテンマイヤーさんに手を拭いてもらいながら、私はふと引っかかりを覚えた。

(……それにしても、カイルさんってば)

 勘の鋭いヴィクターを、一体どんな手を使って言いくるめたのやら。
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