異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

53.真実はどこに

「なん……ですって?」

 キースさんの表情が凍りついた。

 得々とベルガ村での出来事を説明していたカイルさんは、戸惑ったように口をつぐむ。ヴィクターも瞬きしてキースさんを見つめた。

 キースさんは美しい銀髪を揺らし、唇を噛んで深くうつむいた。床を睨む眼差しは真剣で、何やら必死に考え込んでいるらしい。

「え、な、何その反応? きっとキースなら大喜びするか、『自分も見たかった!』って悔しがるかと思ったのに……」

「キース。何か問題でもあるのか」

 ヴィクターは静かに尋ねると、ちらりと私を見下ろした。ヴィクターの膝の上、私も困り果てて彼を見上げる。

(うぅん、これってもしかして……?)

「……おかしい、です」

 ややあって、キースさんがうめくように声を上げた。

「……奇跡(キセキ)で炎を出現させた、ですって? しかもその炎で、ヴィクター殿下が魔獣を倒した、と?」

「それの何がおかしい?」

 キースさんは探るように私を見て、それからヴィクターへと視線を移す。
 固唾を呑んで続きを待つ私たちに、きっぱりとかぶりを振った。

「変なのです。明らかに、おかしい。――奇跡(キセキ)には、魔獣を倒す力などないのですから」

(……あ、やっぱし)

 ルーナさんの忠告していた通りだ。
 私は詰めていた息を吐き、きゅうと長い耳を垂らす。こっそりヴィクターとカイルさんの様子を窺えば、二人とも驚いたように目を見開いていた。

奇跡(キセキ)に、魔獣を倒す力がない……?」

「で、でも。月の女神の聖なる奇跡(キセキ)に不可能なんてないんだろ? 月の女神ルーナ様の加護の下では、どんな魔獣も脅威になりはしないって、いつも神官たちが偉そうに説いて回ってるじゃないか。腹は立つけど、だからこそ第三騎士団(オレたち)だって安心して後ろを任せられるのに」

 声を荒げるカイルさんを、キースさんはひたと見据える。

「その通りです。聖堂が結界で人里を護り、騎士団が結界外の魔獣を駆除する。神官が外に出て魔獣と交戦しないのは、結界の維持に集中するため。そして、万が一人里に魔獣が侵入してきた場合に備えるため。……確かに表向き、我々はそう主張しております。なぜなら――」

 キースさんは一度、ためらうように言葉を切った。その唇がかすかに震える。

「なぜなら……、奇跡(キセキ)は万能の力ではないなどと、一般の国民が知る必要はないからです……」

「……っ」

 息を呑む私たちを見て、キースさんは苦しげに眉根を寄せた。

「わたしもそれが、決して正しいことだとは思っておりません。ですが聖堂は――月の女神ルーナ様は、弱き人々の救いたらねばならない。恐ろしき魔獣がはびこるこの世界で、国の希望であり続けなければならないのです」

「……くだらん」

 それまで黙っていたヴィクターが、忌々しげに舌打ちする。
 私がびくりと体を跳ねさせると、ヴィクターはすぐに両手で私を包み込んだ。なだめるように背中を撫で、伏せた眼差しをやわらげる。

 私の震えが止まったところで、皮肉げな笑みをキースさんに向けた。

「どれだけ耳触りの良い言葉を述べたとて、要は聖堂の権威を維持したいだけだろう。祀るべき女神すらもダシにして、な」

「ヴィクター殿下! それは……っ」

「まあまあ二人とも、喧嘩しないで。どっちの言い分も正しいって、お互いちゃんとわかってるだろ? 確かに希望は必要だし、聖堂のバカ神官どもは権威主義の権化だよ。うん」

 気を取り直したみたいに仲裁するカイルさんに、キースさんは「うっ」とうなったきり黙り込む。
 しょんぼりと肩を落としてしまったので、私は慌ててぱたぱたとしっぽを振った。

「ぱうぅ〜、ぽぇぇ?」

(元気出してキースさん。シーナちゃんの毛並みでよかったら、もふる?)

 通じたわけでもないだろうに、キースさんはこわばった顔をほころばせる。揺れるしっぽにそうっと手を伸ばしかけたところで、ヴィクターがすばやく私を自分の肩に移動させた。

「…………」

「ヴィクター、それはちょっと心狭すぎない?」

 カイルさんが思いっきり苦笑する。

「うるさい。……それで、どうする。炎の奇跡(キセキ)について、神官どもに報告するのか」

「そ、そう……、ですね」

 キースさんはためらうように視線を泳がせた。じっと私を見つめ、ややあって力なくかぶりを振る。

「今はまだ、隠しておくべきでしょう。次にシーナ・ルー様が人間に戻られて、詳細をお聞きしてからでも遅くはありません」

「わかった」

 ヴィクターはあっさりと頷いた。
 カイルさんにも異論はないようで、とりあえず私は安堵する。

(よかったぁ。猶予ができた間に、うまい言い訳を考えておかないと)

 ヴィクターの肩の上、そっと彼にもたれかかった。
 ぷああ、と大あくびすれば、ヴィクターがすぐに察して立ち上がった。大股で扉に歩み寄り、大きく開け放ってカイルさんとキースさんを振り返る。

「……ヴィクター殿下」

「それはもしや、遠まわしに『帰れ』って言ってる?」

 嫌そうな声を上げる二人に、ヴィクターは大真面目に首肯した。

「ああ。今すぐ帰れ」

「ひどっ!!」

「くうぅッ、いつもいっつもシーナ・ルー様を独り占めしてるくせにぃぃッ!!」

 ぎゃんぎゃん文句を言いながらも、二人は割合素直に腰を上げる。私にお休みの挨拶をして、名残惜しそうに部屋から出ていった。

「……入浴してくる。お前は先に寝ていろ」

 しんと静まり返った部屋で、ヴィクターがそっと私をベッドの枕元に置いてくれる。そのまま傍らに腰掛けて、優しい手付きで私を撫でた。

 お風呂に行くんじゃなかったの?と、私は目を丸くしてしまう。

「ぷうぅ、ぽぇあ〜」

(赤ちゃんじゃないんだから、寝かしつけは必要ないってば)

 遠慮しながらも、大きな手が心地良い。すぐに睡魔が襲ってきた。

(――明日に、なったら……)

 ちゃんと、考えなくっちゃ。

 でもでも、今日はいいよね? 疲れちゃったし、ヴィクターの手があったかいし……。

 明日まで問題を先送りしたって、きっと大丈夫――……

 なぁんて。
 この時の私は、のんびり構えていたのだけれど。

 ――事態が動いたのは、その翌朝のことだった。
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