異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

6.石像と私と神官ズ

「着いたぞ」

 一刀両断男の言葉に、はっと顔を上げる。

 狭いポケットの中わくわくと待ち構えていれば、大きな手にむんずと掴まれ引き出された。おおいっ、小動物はもっと優しく扱おう!?

「ぱぇあ、ぱぇぱぇっぱぁ!」

「うるさい」

「ぱ、ぱぇ。ぱ、ぱぺ、ぱぺぺぺぺぺぺぺぺ」

 人殺しみたいな目で見下ろされ、私の体がまたも激しく震え出す。ぎゅっと縮こまり、しっぽを体に巻きつけた。

「……あ」

「おい、ヴィクター。シーナちゃんが怯えてるだろ」

 すかさずカイルさんから叱責され、一刀両断男が口をつぐんだ。カイルさんに私を押しつけると、体ごと荒々しく顔を背けてしまう。

「悪かったな。この瞳は生まれつきだ」

 や、別に瞳の色じゃなくて、あなたのその切れ味鋭すぎる眼差しが怖いんですけどね……?

 優しい手付きで何度も撫でられるうち、ようやっと震えが止まってきた。カイルさんに感謝の視線を送ってから、周りの景色をきょろきょろと観察する。

「ぽえぇ……」

 すっごい。

 茫然として、目の前に立つ荘厳な建造物を見上げた。

 どれだけ首を伸ばしても、あまりに巨大すぎて全容をつかむことができない。
 息を止めて見入る私に、カイルさんが小さく笑って後ろに下がってくれた。お陰でさっきよりは見やすくなる。

 美しく彫刻の施された、石造りの重厚な門。てっぺんにそびえ立つのは二つの尖塔で、ちょうど左右対称になっている。

 聖堂をぐるりと囲む石像たちは、まるで聖堂を守る門番みたいだ。髭の生えた男性像に、柔和に微笑む女性像……。

「ああ、ほら。シーナちゃんのお仲間もいるよ」

「ぽえっ?」

 慌ててカイルさんの示した方を向けば、女性像の手のひらに、小さな動物が載っていた。おお、なんか照れるね。

 石だから色こそ違うものの、長いお耳もつぶらな瞳も存在感のあるしっぽも、まさに私の生き写し。
 カイルさんが近くに寄ってくれたので、私は彼の手から飛び降りた。よじよじと女性像を一生懸命に登って、石像版シーナちゃんの隣に並んでみる。はいポーズ!

「うわぁ可愛い、可愛いよシーナちゃん!」

 てれてれ。

 すっかり上機嫌になった私を、遠くから一刀両断男が無言で見守っていた。だからどうして、そんな怖い目で睨んでくるんだい……?

 けれど、今度は不思議と息が苦しくならない。距離が離れているから平気なのかな?

 ジャンプしてカイルさんの肩に着地すると、「それじゃ、行こっか」とカイルさんが笑顔になった。一刀両断男の視線がますます険しくなった。何故。

 一刀両断男に追いつく前に、彼は足早に聖堂へと入ってしまう。おい協調性! 団体行動!

「待って待って、ヴィクター。シーナちゃんはお前の子なんだから、ちゃんと抱っこして自分でキースに紹介してくれよ」

「…………」

「ヴィクター? 拗ねてんの?」

「誰がだっ」

 憤然として振り返る。図星かい。

 仕方ないなぁ、とわざとらしくため息をついた私は、カイルさんの肩で助走をつける。はっとしたように一刀両断男が手を差し伸べた。せーのっ!

 狙い通り、私は一刀両断男の手の中に転がり落ちた。すぐさま起き上がり、「ぽえっ!」と勝利の雄叫びを上げてみる。

「ぱぇあっ」

「…………行くぞ」

 己の肩に私をそっと移すと、一刀両断男はゆっくりと歩き出した。その歩調に、私が転がり落ちないよう気遣ってくれているのが伝わってきて、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。

「ぱえ~ぽえ~」

 立て襟にしっかりとつかまって歌えば、「毛が顔に当たってくすぐったい」と文句を言われた。うん、お互い様だね。

 振り向いたらカイルさんも笑いを噛み殺していて、私は小さく舌を出す。カイルさんが噴き出した。

「ははっ、やるなシーナちゃん……っと!」

 不意にカイルさんの顔が強ばって、私も何事かと彼の視線を追った。

 長い廊下の先から、男たちが列をなしてぞろぞろとやってくる。みんな足首まで届くくらい裾の長い服を着て、コック帽ぐらい縦長な帽子をかぶっていた。

 服も帽子も真っ白で、これぞまさしくコックさん……ではなくって。

(神官さんかな? まさにファンタジーって感じ!)

 襟や胸元、それに帽子にも月の紋様が刺繍されている。

 興味津々で観察していると、一刀両断男がわずかに体勢を変えた。私もすぐに察して、彼の首の後ろに引っ込んで顔だけ覗かせる。

 こちらに気がついたのか、先頭の神官さんが不意に足を止めた。
 眉間に深いしわを寄せ、さも不快そうに肩をすくめる。

「これはこれは、ヴィクター殿下ではございませぬか。聖堂に顔を出されるとはお珍しい」

 低い声に非難するような響きを感じ取って、私は思わず固まってしまった。
 けれど、一刀両断男は全く動じていなかった。こちらを睨む神官さんたちの前を、悠然とした足取りで通り過ぎる。

「不浄の身なれば、長居をするつもりはない。用を足したらすぐに退出する。安心するがいい」

 脇に避け、申し訳程度に頭を下げる神官さんたちに冷ややかに告げた。カイルさんも無言で後に従う。

 唯一顔を上げていたさっきの神官さんが、「滅相もない」と大仰に首を振った。

「人に害を為す魔獣を狩る、第三騎士団の皆様のお力あればこそ、王国の平和は保たれているのですから。不浄の身などと己を卑下なさらずとも」

「俺が不浄と言ったのは」

 一刀両断男が足を止め、はっきりとした冷笑を浮かべる。

(いにしえ)の魔王と同じ、この緋色の瞳の話だ」

「……っ」

 終始小馬鹿にしたようだった神官さんが、初めて顔を引きつらせた。射抜くような緋色の瞳から逃げ出すように、深々と頭を下げてお辞儀する。

「いかに月の加護の下にあるとはいえ、よくよく注意しておくが良い。望むと望まざるとに関わらず、この瞳が聖堂に災いを呼び込むかもしれぬからな」

「は、はは……っ! き、肝に銘じて……え?」

 神官さんが間抜けな顔を私に向けた。あ、気づいちゃいました?

「ぱえっ!」

「し、ししししシーナ・ルー様っ!?」

「えっ、シーナ・ルー!?」

「あの伝説の!? どこ、どこにですか!?」

 途端に場が騒然とする。

 意地悪神官さんが目を輝かせ、私に手を伸ばしかけた。が、私はその手からすげなく身をかわし、あっかんべえ。

(神職のクセに態度悪すぎ! ギルティ!)

 ……ま、一刀両断男の態度だって褒められたものではないけれど。

 それでも私は神官たちの方に反感を持った。
 なんだかんだで一刀両断男は私の命の恩人。あからさまに悪意のある振る舞いをされると腹が立つ。

(さあ、早くキースさんとやらのところに行こ! 一刀両断男っ)

「ぽえぇ~!」

「…………」

 鋼色の髪をつんと引っ張れば、くく、と一刀両断男が初めて笑った。
 後ろのカイルさんも顔をほころばせている。

 目を白黒させて立ち尽くす意地悪神官に、私は短い手をバイバイと振った。

「ぱぇぱぇ~」
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