異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

66.私は私らしく!

 考えてみれば、天上世界にいる時以外、シーナちゃんの時にだってできることはあるはずだ。

 今夜はあいにくの新月、しかも雨まで降っていて人間には戻れない。
 それでも日中のうちに魔素を満タンまで吸収しておいたから、眠りについてルーナさんから呼ばれるまでは自由時間だ。

 ヴィクターの部屋の中、彼の机の真ん中に陣取って、キリッと凛々しくふんばって立つ。

「ぱあぁ」

(まずは両手を上げて、と)

 よたよた、よたよた。

 腕を振って腰をひねり、不格好ながらも『月の舞』の練習を開始する。
 短足シーナちゃんのままでは、どうしても動作がおぼつかない。存在感のあるふさふさしっぽも邪魔だしね。

(うん。それでも振り付けの復習ぐらいなら、なんとかなりそう……!)

 反動をつけ、くるっと一回転。

「ぽぇあぁぁぁっ!?」

 すてーん!と、勢いよく机の上を転んでしまった。ぎゃああっ!

 危うく机からすべり落ちそうになった私を、大きな手が余裕で受け止めてくれる。ぜーはーと肩で息をしつつ、ちらりと救い主を見上げた。

「……なかなかに激しい舞だな。『優雅にして神秘的』という伝承とは大分違うようだが」

「ぷ、ぷうぅ〜っ」

(くっ、単に失敗しただけだってわかってるくせに!)

 意地悪な男に、手のひらに爪を立てて地味に嫌がらせをしてやる。
 ヴィクターはくくっとこもった笑い声を立てると、指で私の顎の下をくすぐった。途端に力が抜けていく。

「ぽぇあ〜……」

 うーん、そこそこ。
 目を細めてうっとりする私に、ヴィクターはまた小さく笑った。
 机の真ん中に私を戻し、琥珀色の美しい液体の入ったグラスを取る。頬杖をつき、澄まし顔で私を見下ろした。

「晩酌の余興程度には頑張ってみせろ」

 くっ、私の舞は酒の肴か!

 口を尖らせつつも、楽しそうなヴィクターに実は満更でもない。
 今日は人間に戻れないから、ヴィクターは外出する必要もなく家にいてくれる。そしてヴィクターがお酒を飲んでいるのを見るのは、居候を開始してから初めてのことだった。
 もしリラックスしてるってことなら、私としてもやぶさかでない、わけでして……。

「ぱぇ〜」

 照れ隠しで、細身の美しいグラスを覗き込む振りをする。途端にヴィクターが顔をしかめてグラスを遠ざけた。

「酒はやめておけ。シーナ・ルーの体質に合わず、倒れでもしたらどうする」

「ぱぅ?」

「……もう少しだけ我慢しろ。人間に戻ったら、その時には一緒に飲んでやる」

 ぶっきらぼうに告げて、ふいっと顔を背ける。
 私は嬉しくなって、こくこくと何度も頷いた。やったぁ。お酒はあんまり強くないけど、これでまたひとつ人間に戻った時の楽しみが増えたね!

「ぱえぇ、ぽえぇ〜」

 調子が出てきて、歌いながらくるくると元気に舞い踊る。さっきまでより動きがなめらかで、もしや割といい感じ?

 ヴィクターもそう思ったのか、緋色の瞳を優しく細めて私を見下ろした。

「……そちらの方が、よほどお前らしい」

 え?

 瞬きする私をつんとつつき、低く笑った。

「神秘性など、お前には必要ないだろう。いつも通り能天気で馬鹿みたいに明るく、あけっぴろげに舞えばいい。そうすれば伝統にしがみつく神官共ですら、お前から目が逸らせなくなるだろう」

「……っ」

 胸の中にじわじわと喜びが広がっていく。
 今しがたのヴィクターの言葉を反芻し、シーナちゃんのもふもふ小さな手をじっと見つめた。

(そっかぁ……)

 そうだよね。
 私は、私らしく。

 たとえルーナさんみたいに綺麗に舞えなくたって、自信にあふれた動きをなぞれなくったって、めげない明るさだけなら絶対に負けてない。ぎゅっと手を握り締め、ヴィクターに大きく頷きかけた。

「ぱえっ、ぱぇぱぁ!」

(ありがと、ヴィクター!)

 ぽふっと跳ねて踊りを再開する。

 ぐらぐら不安定で危なっかしいし、何度もバランスを崩して転んでしまう。それでも顔を上げればヴィクターが見守ってくれているし、起き上がるのを手助けしてくれる。
 だから私は諦めることなく、夢中になって『月の舞』を練習し続けた。うん、これでなんとか振りは覚えられたかも!

 はふはふ息を弾ませてへたり込めば、ヴィクターがそっと私を抱き上げた。膝に載せ、ねぎらうように毛並みを撫でつけてくれる。

 私は大きな手に身をゆだね、丸くなってしっぽを抱き締める。

(今日はもうこれ以上、魔素は吸収できないんだけどな……)

 それでも、ここから動けない。動きたくない。
 仕方ないよね、だってたくさん練習して疲れちゃったんだし。

 自分に言い訳しながら、あくびをして目をつぶった。


 ――その後。

 気持ちよく眠っていた私は、気づけば天上世界に強制連行されていた。
 寝ぼけ眼で練習の成果を披露したのに、ルーナさんから「色気が足りなすぎる!」「これじゃあまるで体操よ!」とこってりしぼられるのであった。とほほ……。
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