異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
84.願うのは
(そんな……!)
ルーナさんの言葉がじわじわと浸透し、全身がしびれたみたいに感覚を失くしていく。声もなくただ震えるだけの私に、逆に少年の方が心配そうな顔をする。
『そんなに悲しまないでくれ、毛玉……。不思議と今は、全然苦しくないんだ』
『そうね。せめて心穏やかに最期を迎えられるよう、魔法で呼吸を楽にしてあげたのよ。……それから』
この礼拝堂も、と周囲を見渡した。
『結界を張って、他の人間が入れないようにしておいたわ。部屋も暖めておいてあげる。姿勢を崩して、ゆっくりとお休みなさいな』
『ありがとう、ございます……』
少年ははにかんだ笑みを浮かべると、息をつきながら床にへたり込んだ。私ははっとして彼に駆け寄り、膝によじ登る。
『ぱ、う……っ』
『毛玉も、ありがとうな。お前のお陰だ。あの冷たく暗い牢屋の中で、ひとりきりで終わるとばかり思っていたのに。俺はこんなにも美しい場所から、母たちの元へ旅立っていける。しかも神様とその眷属の見送り付きで、だ』
いたずらっぽく笑って、ぎゅっと私を抱き締める。息が苦しい。鼻の奥がツンと痛む。この感情を言葉にするすべが見つからなくて、私はただ力いっぱい彼にしがみついた。
『……先ほど女神様は、魔法、と言っていたが』
ややあって、彼がぽつりと呟いた。
『一番の魔法の使い手である族長ですら、俺の病気を楽にすることなどできなかった。神の使う魔法は、俺たち森の民が使うものとは比べ物にならないのだな』
『そうね。性質が違う、とでも言えばいいのかしら。攻撃しかできないあなたたちとは違って、願いを具現化できるのが神の魔法なのよ』
『願い、を……。具現化……?』
それきり彼は押し黙ってしまう。
うわの空で私を撫で続け、ややあってそっと私を引き離した。
よろめきながらも姿勢を正し、まっすぐにルーナさんに向き直る。
『……月の女神、ルーナ様。先ほどの……俺の願いを叶えてくださる、というお言葉に、相違はないだろうか』
途端にルーナさんがすうっと笑みを消した。
不快げに眉根を寄せて、冷たく少年を睨み据える。
『侮らないでもらえるかしら? 神は一度口に出した約定を、違えることなど決してないわ。同胞を騙すことすら躊躇しない、愚かな人間と一緒にしないでちょうだい』
吐き捨てるようにして告げた。
一気に張り詰めた空気に、私はおろおろして二人を見比べる。けれど少年は気にしたふうもなく、ほっとしたように微笑んだ。
『ならば、俺の願いを申し上げよう。……だがまずは、月の女神ルーナ様に心からの感謝を。今から死を迎えるばかりの、何の地位も力もない人間に温情をかけてくださったこと、どれだけ感謝してもしきれない』
少年の心のこもった口上に、ルーナさんはたちまち機嫌を直した。
ふわりと膝を突き、頭を下げる少年の顔を楽しげに覗き込む。
『ええ、いいわ。では、あなたの願いを聞きましょう。ヴァレリー王の死をもって、家族の仇討ちをする? それともいっそ、ヴァレリー王の統べるこの国ごと滅ぼしてしまいましょうか。ああ、どちらも素敵ね! さぞかし胸がすっとすると思うわ』
うきうきと声を弾ませた。
ルーナさんがどこまで本気かわからなくて、私はピンッと耳を立てて硬直してしまう。少年も困ったように眉を下げ、ルーナさんが噴き出した。
『ふふっ、なぁんてね。あなたからは憎しみや恨みといった負の感情は感じられないものね。あなたは目前に迫った死への恐怖すら、あきらめと共に受け入れている』
『……俺、は』
少年がきつく唇を噛み締める。
ややあって、泣き笑いの表情を浮かべた。
『そんな、大層なものじゃない。ただ、わかっているだけだ。一度泣いてしまったら、止めどがなくなってしまう……と』
じっと己の手のひらを見つめ、決意したように顔を上げる。
『ルーナ様。呪わしきこの身に宿る、ありったけの魔素を使ってもらって構わない。だからどうか、神の魔法で俺の願いを具現化してほしい。俺の、願いは――……』
すうっと深く息を吸い、震えながらもきっぱり告げる。
『――人の世から、一切の魔法を消し去ること。森の民が見出した魔法の使い方も、そして魔法の記憶そのものも。この世に生きる全ての人間から、魔法という概念を根こそぎ奪い取ってくれ……!』
あたかも魔法など、最初から存在しなかったかのように。
一息に言い切ると、少年は全力疾走した後のように息を弾ませた。涙の浮かびかけた目を乱暴にこすり、挑むようにルーナさんを見据える。
『……え』
ルーナさんが目を丸くした。
声もなく少年を見つめ、混乱したみたいにゆるゆるとかぶりを振る。
『ど、どうして……? 神たるこのわたくしが、たかだか人間の願いを叶えてあげると言っているのに。どうして己の為に使おうとしないの? たとえ今生での命は助からずとも、来世での幸福を願うことはできるのよ? 地位も財産も容姿も力も、全て思うがままに手に入れることだって』
『間違ったことは、間違ったと気づいた時点で正さねばならない』
少年はぴしゃりとルーナさんを遮った。
きつくこぶしを握り、絶句するルーナさんに語りかける。
『……魔法は、人の身には過ぎた力だった。大きすぎる力は救いにもなるのだろうが、同時に争いの種にもなる。閉ざされた森の中にいるうちは、まだよかったんだ。けれど俺たちはヴァレリーに、外の人々に魔法の存在を知らしめてしまった』
『…………』
『他者を一方的に蹂躙できる力など、持たぬ者からすれば恐怖の対象でしかない。そんなつもりはなかった、などという言い訳は通用しない。恐れ、憎悪されて当然だったんだ。俺たちはそもそも、森を出るべきではなかった……!』
血を吐くように叫ぶと、少年はがっくりとうなだれた。
ルーナさんの言葉がじわじわと浸透し、全身がしびれたみたいに感覚を失くしていく。声もなくただ震えるだけの私に、逆に少年の方が心配そうな顔をする。
『そんなに悲しまないでくれ、毛玉……。不思議と今は、全然苦しくないんだ』
『そうね。せめて心穏やかに最期を迎えられるよう、魔法で呼吸を楽にしてあげたのよ。……それから』
この礼拝堂も、と周囲を見渡した。
『結界を張って、他の人間が入れないようにしておいたわ。部屋も暖めておいてあげる。姿勢を崩して、ゆっくりとお休みなさいな』
『ありがとう、ございます……』
少年ははにかんだ笑みを浮かべると、息をつきながら床にへたり込んだ。私ははっとして彼に駆け寄り、膝によじ登る。
『ぱ、う……っ』
『毛玉も、ありがとうな。お前のお陰だ。あの冷たく暗い牢屋の中で、ひとりきりで終わるとばかり思っていたのに。俺はこんなにも美しい場所から、母たちの元へ旅立っていける。しかも神様とその眷属の見送り付きで、だ』
いたずらっぽく笑って、ぎゅっと私を抱き締める。息が苦しい。鼻の奥がツンと痛む。この感情を言葉にするすべが見つからなくて、私はただ力いっぱい彼にしがみついた。
『……先ほど女神様は、魔法、と言っていたが』
ややあって、彼がぽつりと呟いた。
『一番の魔法の使い手である族長ですら、俺の病気を楽にすることなどできなかった。神の使う魔法は、俺たち森の民が使うものとは比べ物にならないのだな』
『そうね。性質が違う、とでも言えばいいのかしら。攻撃しかできないあなたたちとは違って、願いを具現化できるのが神の魔法なのよ』
『願い、を……。具現化……?』
それきり彼は押し黙ってしまう。
うわの空で私を撫で続け、ややあってそっと私を引き離した。
よろめきながらも姿勢を正し、まっすぐにルーナさんに向き直る。
『……月の女神、ルーナ様。先ほどの……俺の願いを叶えてくださる、というお言葉に、相違はないだろうか』
途端にルーナさんがすうっと笑みを消した。
不快げに眉根を寄せて、冷たく少年を睨み据える。
『侮らないでもらえるかしら? 神は一度口に出した約定を、違えることなど決してないわ。同胞を騙すことすら躊躇しない、愚かな人間と一緒にしないでちょうだい』
吐き捨てるようにして告げた。
一気に張り詰めた空気に、私はおろおろして二人を見比べる。けれど少年は気にしたふうもなく、ほっとしたように微笑んだ。
『ならば、俺の願いを申し上げよう。……だがまずは、月の女神ルーナ様に心からの感謝を。今から死を迎えるばかりの、何の地位も力もない人間に温情をかけてくださったこと、どれだけ感謝してもしきれない』
少年の心のこもった口上に、ルーナさんはたちまち機嫌を直した。
ふわりと膝を突き、頭を下げる少年の顔を楽しげに覗き込む。
『ええ、いいわ。では、あなたの願いを聞きましょう。ヴァレリー王の死をもって、家族の仇討ちをする? それともいっそ、ヴァレリー王の統べるこの国ごと滅ぼしてしまいましょうか。ああ、どちらも素敵ね! さぞかし胸がすっとすると思うわ』
うきうきと声を弾ませた。
ルーナさんがどこまで本気かわからなくて、私はピンッと耳を立てて硬直してしまう。少年も困ったように眉を下げ、ルーナさんが噴き出した。
『ふふっ、なぁんてね。あなたからは憎しみや恨みといった負の感情は感じられないものね。あなたは目前に迫った死への恐怖すら、あきらめと共に受け入れている』
『……俺、は』
少年がきつく唇を噛み締める。
ややあって、泣き笑いの表情を浮かべた。
『そんな、大層なものじゃない。ただ、わかっているだけだ。一度泣いてしまったら、止めどがなくなってしまう……と』
じっと己の手のひらを見つめ、決意したように顔を上げる。
『ルーナ様。呪わしきこの身に宿る、ありったけの魔素を使ってもらって構わない。だからどうか、神の魔法で俺の願いを具現化してほしい。俺の、願いは――……』
すうっと深く息を吸い、震えながらもきっぱり告げる。
『――人の世から、一切の魔法を消し去ること。森の民が見出した魔法の使い方も、そして魔法の記憶そのものも。この世に生きる全ての人間から、魔法という概念を根こそぎ奪い取ってくれ……!』
あたかも魔法など、最初から存在しなかったかのように。
一息に言い切ると、少年は全力疾走した後のように息を弾ませた。涙の浮かびかけた目を乱暴にこすり、挑むようにルーナさんを見据える。
『……え』
ルーナさんが目を丸くした。
声もなく少年を見つめ、混乱したみたいにゆるゆるとかぶりを振る。
『ど、どうして……? 神たるこのわたくしが、たかだか人間の願いを叶えてあげると言っているのに。どうして己の為に使おうとしないの? たとえ今生での命は助からずとも、来世での幸福を願うことはできるのよ? 地位も財産も容姿も力も、全て思うがままに手に入れることだって』
『間違ったことは、間違ったと気づいた時点で正さねばならない』
少年はぴしゃりとルーナさんを遮った。
きつくこぶしを握り、絶句するルーナさんに語りかける。
『……魔法は、人の身には過ぎた力だった。大きすぎる力は救いにもなるのだろうが、同時に争いの種にもなる。閉ざされた森の中にいるうちは、まだよかったんだ。けれど俺たちはヴァレリーに、外の人々に魔法の存在を知らしめてしまった』
『…………』
『他者を一方的に蹂躙できる力など、持たぬ者からすれば恐怖の対象でしかない。そんなつもりはなかった、などという言い訳は通用しない。恐れ、憎悪されて当然だったんだ。俺たちはそもそも、森を出るべきではなかった……!』
血を吐くように叫ぶと、少年はがっくりとうなだれた。