異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

86.受け継がれる思い

 ――彼のために墓標を立てましょう。あなたたちが彼の名を受け継ぐのよ

 ――今日からあなたたちはシーナ・ルー。聖獣シーナ・ルーを名乗りなさい……


 頭の中に、ルーナさんの声が優しく響く。
 新しい名を喜ぶ、シーナちゃんたちの楽しげな鳴き声も。

 けれどひとりだけ、うつむき悲しむシーナちゃんがいた。息を引き取った少年にぴったりと頬を寄せ、決して離れようとしない。

 シーナちゃんから意識が離れた私は、俯瞰(ふかん)して彼らを見下ろしていた。
 頬を涙が静かに流れ続ける。胸が苦しくてたまらなかった。

 美しく微笑んだルーナさんが、悲しむシーナちゃんにそっと寄り添った。


 ――祈りましょう。彼の次の生が、喜びにあふれたものとなることを

 ――望むと望まざるとにかかわらず、魂とは巡っていくものだから。いつかきっとまた、彼も生まれ変われるはずよ


 ルーナさんの言葉に、シーナちゃんがはっと顔を上げる。
 ルーナさんは大きく頷くと、胸に手を当てて目を閉じた。他のシーナちゃんたちもすぐに彼女に従って、真剣な顔で祈りを捧げる。


 ――どうか来世では、病に苦しむことのない、頑健な体に恵まれますように

 ――時に笑い合い、時に叱ってくれる、信頼し合える友と出会えますように

 ――同じ時を過ごし、心から愛し愛される、生涯の伴侶と巡り会えますように……


 ◇


「……う……」

 ぼんやりと目を開ける。

 花の甘い香りが鼻孔をくすぐって、泣きすぎて重くなった頭の痛みがやわらいでいく。シーナちゃん軍団が心配そうに私を覗き込んでいて、思わずくすりと笑みがこぼれた。

「シーナ。気分は悪くない?」

 少年と同じように、私もルーナさんの膝枕で眠っていた。
 はにかみながらお礼を言って起き上がり、胸いっぱいに深呼吸する。最後の涙がこぼれ落ち、それでようやく気持ちが落ち着いてくる。

「……ルーナさん。ありがとう、ございました。それから、シーナちゃんたちも」

 大切な記憶を、覗かせてくれて。
 ヴィクターすら知らない過去を、私に教えてくれて。

 深々と頭を下げる私に、ルーナさんが困ったように顔を曇らせた。

「……本当言うと、自信はないのだけれどね。シーナに重たいものを背負わせてしまったんじゃないかと……それだけが、心配」

「ううん、私、平気です。あの子の思いを確かに受け取ったから。ルーナさんとシーナちゃんたちの、心からの祈りも届いたから。――だから私も、誓います。魔法のことは絶対に、生涯隠し通してみせるって」

 ……けれど、私自身は魔法を手放すことができるだろうか。
 目を閉じて自問自答して、私はためらいながらもかぶりを振った。
 いいや、私はヴィクターをこの手で護りたい。カイルさんやキースさん、第三騎士団のみんな、それからロッテンマイヤーさんたちお屋敷の人たちだって、絶対に傷つけさせやしない。

「本当のことが話せなくて、みんなを騙すことになったって構わない。たとえ責められて嫌われたとしても、奇跡(キセキ)と偽ってでも、私は絶対にヴィクターを護ってみせる……!」

「……ええ。それはわたくしとしても望むところよ、シーナ」

 ルーナさんが穏やかに微笑んだ。

「きっと彼も許してくれるわ。あなたの魔法……いいえ、『特別な奇跡(キセキ)』は一代限りのものだもの。なんといってもあなたは、聖獣シーナ・ルーの化身にして、月の巫女でもある規格外の存在なんですからね」

「うわぁ、すごい。我ながら大層な肩書きでいっぱいですね」

 おどけて告げれば、ルーナさんがはっと息を吸って笑い出す。シーナちゃんたちも嬉しげにぱえぱえ跳ねた。

 両手を広げ、シーナちゃんたちを力いっぱい抱き締める。魔王にされてしまった少年の、記憶を伝えてくれた大切な仲間たち。

「ヴィクターは……少しも覚えては、いないんですよね?」

 ささやくように確かめれば、ルーナさんは静かに頷いた。

「ええ。魂は前世の記憶を、一切引き継ぐことができないから。けれどわたくしは、ずっと彼を気にかけていたわ。いつ生まれ変わるのか、遅すぎやしないか……。ヤキモキしながら待ち続けて、気がつけば二千年も経ってしまっていたの」

 彼は、輪廻の輪になど乗らないと言っていた。
 きっと必死であらがい続けたのだろう。そして、とうとう負けてしまったのだろう。

 でも、こうして生まれ変わってくれたからこそ――……私は今、ヴィクターの隣にいることができる。

 黄金の髪を風になびかせ、ルーナさんが遠くを見つめた。

「世界から魔法が消え、ヴァレリー王は激しく苦悩したわ。魔法の記憶はぽっかり抜け落ちても、起こった出来事は間違いなく彼の中に残っていたから。すなわち、助力してくれた恩人たちを殺してしまったという事実だけは……ね」

 苦しみ後悔したヴァレリー王は、それでも最後には己の罪を糊塗しようとした。
 森の民は魔獣であったと、先に王を裏切ったのは森の民の方であったと、国民どころか己すらも騙す道を選んだという。

「ヴァレリー王は少年を……シーナを魔王にすることで、森の民を悪とすることで、己の行為を正当化した。けれどわたくしは、それを黙認して正そうとはしなかったわ。あの子はそんなことを望まないと、ちゃんとわかっていたからよ」

 少年の願いはただひとつ。
 人間が魔法を使うことのない世界、それだけだった。

「ヴァレリー王の死後しばらくして、魔素は『帰らずの森』だけに収まらず少しずつ世界に広がり始めた。儀式を始めたのはその頃よ。人間が魔素の存在に気がつき、二度と再び魔法にたどり着くことがないように――」

「そう、だったんですね……」

 ルーナさんはずっとずっと、あの子との約束を守り続けてきたんだ。
 それを、私も引き継ぎたい。心からそう思った。

 決意とともに、キッと顔を上げる。

「ルーナさん。絶対に明日の儀式を成功させましょう。魔素を浄化して、あの子の望んだ世界を護り続ける。私も、その手伝いがしたいです」

「シーナ……」

 ルーナさんが嬉しげに顔をほころばせた。
 私の手を取って立たせ、ふわりと抱き締める。

「ええ、二人で一緒に頑張りましょう。……でもねぇ、シーナぁ」

 体を離し、おっとりと首を傾げた。

「明日じゃなくて、もう今日なのよ? シーナってばずうっと寝ていたから、とっくに日付が変わっているもの」

「…………」

 えええええっ!!?

 ざあっと血の気が引いていく。
 途端に焦り出し、私はおろおろと花畑の上を走り回る。ややややばい、月の舞の最終確認をしておかないとっ!

 必死になって踊り出した私を見て、ルーナさんが噴き出した。シーナちゃん軍団もジャンプしてはやし立てる。

「もおっ、笑ってる場合じゃないでしょう!? ルーナさんもちゃんと見てくださいよっ」

「嫌よ、もうほとんど時間はないのだもの。無駄にあがくより、儀式の衣装の試着でもした方がよっぽど有意義だわ。……というわけで、見て見てシーナ! わたくし渾身の作よ、とっても素敵だと思わない!?」

「あああ、そんな時間はないですってば〜!」

「ぱえぱえ〜」

 花畑に光があふれる。
 シーナちゃんたちが嬉しげに声を上げる。

 私も一緒になって笑いながら、あの少年に届くことを願って、くるくると舞い続けた。
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